文の会ブログ

「本郷東大 文の会(ふみのかい)」のブログです!
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# 宿題

 「宿題」

 

 さて先月のこのブログでは、思春期と壮年期とでは感受性が異なるという話になりました。平穏無事という言葉の受けとめ方にしても百八十度違うということでしたね。とかく大人の気持ちと子どもの気持ちというのはすれ違うものなのです。大人としても自分が子どもだった頃のことを忘れてしまったわけではないのですが、人生も折り返し地点を過ぎると景色の見え方が違ってくるのです。様々なことに対して、子どもの頃とは正反対とも思える受けとめ方をするようになるものなのですよ。

 では皆さんにとって衝撃的ともいえるその典型例をお示ししましょうか。それは「宿題」についてのリアクションです。「来週までに単元全部、例題含めて練習問題を全部やってきなさい!」という、あの宿題です。皆さんにしてみれば「宿題さえなければ夏休みは最高なのに」というシロモノでしょう。もちろん宿題の必要性を認めないわけではないでしょうが、「なければいいのに」というのが素直な反応ではないでしょうか。理屈っぽい生徒さんなら「授業で解決されずに残った課題じゃないですか!授業時間以外に家庭で行うように指示されるのは納得いきません!」とまあ、やりたくない理由の一つも述べるところでしょう。ところが、大人にとってみれば「宿題があるなんてありがたいことなのよ」という発言が平気で出てきてしまうのですよ、これが。「なければいいのに」という反応に対して、「あるのがいいのよ」という反応ですから、まさに正反対となりますよね。

 「大人は自分が宿題をやるわけではないからそんなことが言えるんです!子どもが家でダラダラしないように、どんどん宿題を出してほしいという理由でしょ!」と皆さんは考えるかもしれませんが、ちょっと待ってください。そうではなくて「人生における景色の見え方の違い」についての話なのです。一体それはどういうことなのでしょうか?

 宿題というのは「解決されずに残された課題」という意味です。では誰が解決しなくてはならないのでしょうか?もちろん課題を与えられた人物、宿題を抱えている本人です。当たり前の話ですが、この明確な使命が大人にとっては、文字通り「有り難い」のです。やらなくてはならないことが自分にはある、という状況が幸せであるという認識が大人にはあるのです。解決を期待され、それに応えようと頑張ることが、どれほどの充実感を人生に与えるかということを大人は知っているからです。ですからつい、宿題に追われている皆さんに対して「毎日が充実していていいじゃない!」と思ってしまうのです。皆さんが「他にやりたいことがあるのに!」と言ったとしてもね。悪気はないのですよ(笑)。

 

 

 

 

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# 平穏無事

 「平穏無事」

 

 「へいおんぶじ」と読みます。「平穏」というのは漢字をそのまま訓読みすれば「平らで穏やか」ということですよね。「平ら」とは「浮き沈みがなく、変わったことがない」という意味になります。「穏やか」というのは「安らか」と言い換えてもいいですね。ですから「平安」という熟語も同じような意味になるわけです。「無事」というのも漢字そのまま訓読みすれば「(特別な)ことがない」という意味ですよね。特別といっても嬉しいサプライズとかいう話ではなく、よくないことに近いニュアンスになります。「悪いことが起こらなくてよかった」という意味を表しているのです。「つつがなく」という和語に置き換えることもできますね。

 ですから平穏無事というのは「変わったことがない」と「特別なことがない」の二つの同じような意味の熟語を組み合わせて、「何も起こらない」という内容を強調した四字熟語になるわけです。年賀状でのあいさつの文面に「おかげさまで家族みな平穏無事に暮らしております」というパターンがありますが、平穏無事という四字熟語がかもし出す雰囲気をよく表している用法だと思います。何もなくてよかったです、という報告になりますから。でもこれが言えるのは、人生経験をつんできた大人だからこそなんですよね。小・中学生の皆さんにとってみれば「何も起こらない」というのがそんなにいいことなのか?と、正直思いませんか!平穏無事をありがたがる大人の感性というのは、一体どうなっているのか、不思議に思ったりしませんか?

 自分の身に新たに何かが起こるというケースを考えてみて下さいね。成長の過程にある思春期の皆さん方であれば、これまでできなかったことができるようになるといったポジティブな変化がほとんどでしょう。ついこの前の自分と比較してみても、それは明らかではないでしょうか。同じ中学生でも一年生と三年生では大人と子どもの違いにすら感じられるでしょう。これほどの心身の変化は、人生の中でも他にはありませんからね。ところがある程度年齢が進み人生も後半にさしかかると、これまでできたことができなくなるという、皆さん方には想像もできない場面が出現するようになるのです。ネガティブな変化ですよ。階段をかけ下りられなくなる…小さな文字が読みにくくなる…固有名詞が覚えられなくなる…「それは老人の話じゃないですか?」という声が聞こえてきそうですが、これらのことは老人になって急にできなくなるのではなく、徐々に進行していく現象なのです。何を隠そう私が現に体験していることばかりです(笑)。成長のピークを過ぎれば、あとは下り坂に向かうという自然現象なのですが、なんとかこれに逆らいたいと思うのが人情というものです。老化を防ごうとするアンチエイジングという言葉を皆さんも耳にしたことがあるのではないでしょうか。だとするならば、平穏無事であってほしいという大人の願いの切実さが分かろうというものでしょう。むしろ、このままがいい!という心の叫びでもあるわけなのです。

 私と同世代である方々が多い思春期のお子さんを持つ親御さんというのは、ちょうどこのエイジング(良く言えば「熟成」、悪く言えば「老化」)がどんどん進行する時期でもあるのですよ。一方で子どもはというと反抗期の真っ只中。話しかけても口ごたえされるか、返事すらないか、そんな状況です。もちろんそうして親離れが進んでいくのですが、親御さんにしてみれば「子どものままでいてほしい」というのは、心の奥に秘めた望みでもあるわけです。このまま自分も家族も変わらずにいてほしい!平穏無事にこめられた親御さんの思いというものを、ほんの少し理解してくれればいいのですが…反抗期がそれを許さないのですよね。皆さんが「中学一年生のままでいたい!」などと望まないのは百も承知なんですよ。

 「何も起こらないようにする」というのは、心配性の大人が「子どものために何も起こらないでほしい」と願い、その価値観を子どもに対して押し付けているわけです。それではいけない!ということは親御さんもよく分かっているのです。何も起こらなければ何もできるようにならないし、何よりそれでは子どもが楽しくないではないか、と。子どもの成長を願うならば、新しいことへのチャレンジを後押しして応援し続けよう。挑戦する子どもたちの姿にハラハラしながら気をもみ、ドキドキしながら見届けよう。そんな平穏無事とはかけ離れた波乱万丈な心理状態が続くのですから。せめて平穏無事を祈ることぐらい、親御さんにさせてあげて下さいね。私からも皆さんにお願いします。

 

 

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# 俗情に流される

 「俗情に流される」

 

 極めてオトナ度の高い「言い回し」ですよね。教え子の小中学生の皆さんが日常で使うことは皆無ではないでしょうか?「俗情」とは「俗」な心情、心のことです。そして「俗」というのは、「ありふれた、世間普通の」という意味から、さらに軽蔑の意味を込めると「いやしい」という意味にもなります。ですから「俗情」というのは「世間一般の人たちが思ってしまいがちな、いやしい気持ち」ということになります。「流される」というのは「ついついそんな気持ちになってしまう」ということですね。今回は特に、新しく中学校生活を始める皆さん方に「俗情に流されるな!」という言葉を贈りたいと思います。

 「え〜、なんだか怖いな〜」と、そんな気持ちになるかもしれませんが、小学生の頃とは違うんだということを意識してほしいからです。何が違うのか?小学生の頃の勉強の仕方とは大きく違う点が中学校生活にはあるのですよ!それは、いわゆる「中間テスト」「期末テスト」という「定期テスト」が、年間の学習スケジュールに組み込まれていることです。あらかじめテストの日時は決まっているのですから、それに向けての学習計画をしっかりと立てなくてはならない、ということになるのです。テスト準備のため、毎日気を抜くことのできない勉強が続くのですよ!

 昨日も今日も友達と遅くまで遊んで、明日も遊ぶ約束をして、小学生の頃は「今、これがしたい!」という気持ちを、存分にかなえることができました。ところが、中学生となった皆さんには、もうそんな「どうしても今これがしたいんだぁ!」というような駄々っ子的な俗情に流されることは許されないのです!なんて、ちょっとおどかし過ぎましたか?それでも本当に「中間テスト」「期末テスト」と容赦なく、全ての科目でテストが行われます。準備を怠れば、悲惨なテスト結果が待ち受けており、そしてそれが「成績」として白日の下にさらされる…小学生の頃とは決定的に何かが違うのです。

 それはこんな風に考えてください。皆さんに中学校の三年間で身につけてほしいとオトナが考えていることがあるからだ、と。そしてそれは「長期的計算」ができるようになってほしい、ということなのです。長期といってもせいぜい一ヶ月ですが、それで十分です。「中間テスト」「期末テスト」があるのは、そのためなのです。

 ものごとには全て行きがかりがあり、かつまた因果は巡るということ。今日だけで時間が終わるわけではなくて、明日以降の未来もあるのです。小学生の頃は「ずっと今日が続く」という時間感覚であったものが、中学生では「期末まであと三週間!」といった区切りを意識した感覚になります。これが「長期的計算」に基づいた振舞いが求められる、という意味です。せめて一ヶ月は「逆算」して計画を立てられるようにならなくてはいけません。今日「気が済んだ」としても、明日や明後日にどうなるのかが問題なのです。一ヵ月後に結果が出せるように、明日、明後日につながる今日をどのように過ごさなくてはならないのか。「長期的計算」とはそういうことです。今日の振舞いで「気を晴らす」ことよりも優先しなければいけないことがあるのです。

 「え〜、やっぱり怖いな〜」と、そんな声が聞こえてきそうですが、でも大丈夫。誰もがオトナになるまでに通った道です。三年間かけて身につければいいのです。そのための手伝いを、われわれは惜しみませんから!

 

 

 

 

 

 

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# 英文解釈

 「英文解釈」

 

 「英語の勉強ってきりがないじゃないですか!やってもやっても次から次へと知らないことが出てきて。単語でさえ、全部覚えたと思っていたのに、問題文の中に知らない単語がいくつもあって。日本語に直せといわれても無理ですよ。見た瞬間、終わったと思って……。」普段は無口な生徒なのですよ。ところが一度話し始めると、思っていることがすぐさま言葉になってあふれ出してきてしまってとまらないのです。こちらが確認のためにさえぎりでもしない限りは、時間が経つのも忘れているかのようです。

 ちょっと待って。単語を全部覚えたっていうのはどういう意味で?「えっ?だから全部ですよ。テスト範囲のテキストに出てきた単語を全部ちゃんと覚えたということです。」どうやら定期テストの話をしているようです。その時に出題された英語の問題のことを話題にしているのですね。砂漠に水をまくかのような英語学習の困難さに直面して、これから先のことが不安になっていたのかと思って聞いていれば、その同じ口で、単語は全部覚えました!などと大風呂敷を広げるものですから。一体何が言いたいのか、話の意図をつかみかねていました。要するに、準備万端でテスト範囲の英単語も全部覚えて試験に臨んだのに、やっていない単語をふくんだ問題が出たといって怒っているのでしょうね。そう思った私は軽い気持ちで答えてしまいました。そんなこともあるよ、100パーセントのテスト準備なんてことはそもそもありえないと思わなくちゃね。ところがこの一言が火に油を注ぐ結果をまねいてしまいました。「そんなことってどういうことですか!知らない単語が出るってことですか?出たら終わりだと覚悟しろってことですか!」

 不用意な一言を取り消したくても時すでに遅しです。間違ったことを言ったとは考えていない私は、ごめんごめんと謝るのも変な話だと思ったので、変化球ともいえる言葉を投げかけて相手の気持ちを落ち着かせることにしました。一種のなぞなぞを出題したのです。「終わりだと覚悟する」という相手の言葉を受け取って、「終わりではありませんよ。むしろ始まりだと思ってくださいね」と、返しました。なぞなぞ風に言いかえるならば「終わりだと思ったら、始まりだったものがありました。さて、それは何でしょうか?」になりますね。そしてその答えが何かというと、今回取り上げた四字熟語である「英文解釈」なのです。「どういうことですか?説明してください!」と、当然聞きますよね(笑)。

 「英文解釈」といのは、英語で書かれた文章の内容を自分なりに理解して日本語で表現するということです。自分なりに、と書きましたがもちろん自分勝手な理解ではダメですよ。客観的にみて理解が得られるような内容でなくてはなりません。それでも自分なりにと表現したのは、解釈の仕方にはバラエティがあるということです。なぜなら英単語一つひとつの意味をたとえ正確に日本語に置き換えるという逐語訳をしてみたところで、英文に表現された内容が再現されるかというと、そうではないからです。英文であってもそこには作者がいて何かを伝えたくて文章を書いているのですから、その作者の意図をくみ取らなくてはなりません。逆に言えば、たとえ単語の一つや二つ意味が分からないとしても、文章全体の流れをしっかりと把握していれば、作者の意図をふまえた解釈を日本語で表現することは十分に可能だということです。むしろそこにこそ英文解釈の醍醐味があるとも言えます。

 私のところに相談しにきた生徒のように、テストの英文に知らない単語が出てこようものなら、すぐさまテンションが下がってしまうタイプの人がいます。せっかく調子よく文章を読み進めてきても「あっ、この単語知らない!えっ、また知らない単語だ!あぁ、もうだめだ、終わった。」と、あきらめてしまうのです。けれどもそうではなく「よし、ここからが始まりだ!」と気持ちを切り替えて臨むことが入試英語には必要だと思いますよ。大学入試はもちろん、ハイレベルの高校入試の英文でも、試験問題を目にして単語が全部わかるということのほうが少ないと思いますからね。むしろ知らない単語は絶対に出てくると覚悟しておいたほうがいいでしょう。ではそのときにどこで答案の差がつくかといえばまさに解釈の差になるのです。前後の文脈からこんな意味になるはずだと推測しなくてはなりません。そこで当たらずといえども遠からずという解釈ができるかどうかが勝負なのです。

 相談にきた生徒にはこんなアドバイスもしました。単語を覚えることはもちろん大切なこと。それにしっかりと取り組んでいるあなたは立派です!テキストの予習でも、知らない単語をチェックして、辞書を引いて調べていることでしょう。でもその前に、知らない単語の意味を文章の前後から判断して「こんな意味ではないかな?」と予想してから辞書を引く習慣をつけてみてください。最初は手間がかかると思うかもしれませんが、とにかく自分なりに答えを出してみてくださいね。そこから何かが始まるはずですから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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# 受験勉強

 「受験勉強」

 

 冬の朝、窓を開けると、キーンと冷え切った空気が流れ込んできます。その朝の空気を胸に吸い込むと、私の脳裏にはある情景がよみがえってきます。受験当日の朝です。試験会場に向かうために乗り込む電車の駅まで歩いていった時のことです。家を出てから時間にして五分ほど。その間に次々にわいて出てきた、おそれや期待や自信や不安などといった様々な感情。これらがないまぜになって、朝の空気と一緒に胸の中によみがえってくるのです。受験の日からすでに、三十年以上経っているにもかかわらずですよ。「人生」を感じてしまう瞬間なのです。

 ですから皆さんにも、特に受験生である中三生には、伝えたいのです。「この冬の一瞬一瞬は、たとえ意識していなくても、一生胸に刻まれるような、特別な時間なのだ」ということを。受験勉強は、なにも冬に限ったことではないのですが、やはり、受験が間近に迫った、この時期だからこそ感じることのできるものがありますよね。「先生!暑い夏に、半そでのシャツで通った夏期講習にも、特別な思い出がありますよ!」うれしいことを言ってくれる教え子君がいます。そうですよね。なんだか毎日顔を合わせていたかのような日日でしたよね。でもやっぱり、この冬の時期だからこそ、「夏は暑かったよな!」と、特別な思いが込められるのだと思いますよ。

 高校受験は、日本に生まれた君たちの同い年、百万人が体験するものです。中学受験とも大学受験とも違う、いわば同世代の「分厚い共通体験」なのです。私も中学受験・高校受験・大学受験・大学院受験と何度も受験を経験し、その都度受験勉強に打ち込んで?きました。そんな中で、最も悩み深かったのが高校受験であったと言えます。やはりそれは十五歳という年齢的な要素が大きく影響しているものと思われます。精神的なブレが激しく、昨日と今日の自分がまるで別人といった様相でしたね。何者でもない自分に自信が持てずに、周りにあたりちらして意地を張ってみたり、周りは何もしてくれないと不安にさいなまれて意気地をなくしてみたり。逆に、何者にでもなれる自分の可能性に意味もなく満足して、生意気な態度をとってみたり。

 皆さんも、そんな「自己の確立」の時期にむかえる高校受験です。受験勉強のさなか、途方にくれたこともあったでしょう。でも大丈夫。新しい年を受験生として迎えることができました。二〇一九年は君たちの受験の年なのです。人生の中で「受験の年」として刻印されるこの年に、震えながらも堂々と立ち向かっていってください!十五の春はすぐそこまで来ていますからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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# 必勝法

 「必勝法」

 

 「テストに必勝法なんてないですよね?」切羽詰った様子で教え子君がたずねてきます。けれども、本当にそんなものがあることを期待しているのではなさそうです。どうやら「必勝法はない」ということをわざわざ確認したいようなのです。「自分の知らないうまいやり方があるのではないかと思えて、勉強に集中ができない…」という弱音をはいてみて、「そんなものがあるわけないだろう!四の五の言わずに腹をくくって勉強しろ!」と、活を入れてもらうことが目的のようです。はじめから否定されることを前提に「そうですよね!しっかり頑張ります!」という前向きな発言をするつもりで、必勝法を聞いているのでした。ですから「必勝法を教えてください!」ではなく、「必勝法なんてないですよね?」というたずね方になるのです。

 そのことを分かった上で、あえて答えます。「今から七百年も昔に、必勝法は明らかにされているよ。超有名な随筆の中でね。では問題です。文学史の常識、日本三大随筆といえば?」急に質問で返された教え子君は戸惑っているようですが、さすがに「文学史の常識」とまで言われれば知らないではすまされません。「清少納言の枕草子と、鴨長明の方丈記と、吉田兼好の徒然草です!」正解ですよ。ついでに「七百年前」という条件に合うのはどの随筆なのかということも確認しておいてくださいね。平安時代中期の枕草子は約千年前、鎌倉時代初期の方丈記は約八百年前、そして鎌倉時代末期の徒然草が約七百年前ですからね。

 「徒然草にテストの必勝法が書かれているんですか!?」と教え子君は色めき立っていますが、勝負事の必勝法を徒然草の百十段は示しているのです。短い段ですので、全文を引用してみましょう。

 双六の上手といひし人に、そのてだてを問ひ侍りしかば、「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手かとく 負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目なりともおそく負くべき手につくべし」といふ。道を知れる教、身を治め、国を保たん道も、又しかなり。

 以下に意訳をしてみましょう。すごろくの名人と呼ばれている人に、その必勝法を聞いてみたところ、「勝とうとしようと思って打ってはいけない。負けないようにしようと思って打つのだ。どんな打ち方をしたらすぐに負けてしまうかを予測して、その手は打たないようにして、一マスでも負けるのが遅くなるような手を使うのがよい」と答えた。その道を極めた人の言うことであって、これは研究者や政治家の生き様にも通じる。こんな意味になります。

 徒然草には他にも「名人」と呼ばれる人物が登場しますよね。弓矢の名人であったり、木登りの名人であったり。それぞれに、含蓄のある言葉を発してわれわれをうならせてくれます。弓矢の名人なら「二本の矢を持つな!一本入魂で行け!」だったり、木登り名人なら「油断大敵!高いところよりも、地面に近いところが危ない!」だったり、なるほどな!と思わせる話が紹介されています。勝負事の必勝法について教示してくれるのは「すごろくの名人」です。すごろくといっても、皆さんが知っている、さいころを振って上がりを目指す「人生ゲーム」のようなすごろくではなく、「バックギャモン」(かえって皆さんにはなじみがないですよね。ヨーロッパで人気のボードゲームです。)に近い対戦型ゲームのようです。日本では平安時代に大流行しています。枕草子や源氏物語にも登場するほどです。当時の大人気競技の名人に話を聞くという内容ですから、平成の今に当てはめるならば将棋の羽生名人に必勝法をたずねるというかんじでしょうか。『決断力』というタイトルの新書がベストセラーにもなった羽生名人ですからね。今も昔も、勝負の世界に生きる人からヒントをもらう、というのはかわらない欲求なのでしょう。

 さて、教え子君に伝える「テストの必勝法」でした。すごろく名人の話をテストに置き換えてみましょう。「負けないようにすること」というのは、すでに経験したことをふまえて「これをやるとまずいことになる!」というパターンを避けるということ。逆に「勝とうとすること」というのは、経験したことはないがあえてチャレンジしてみること、になります。やったことがないパターンにチャレンジすることですね。既存のルールをはみ出したところに独創性は生まれるものです。けれども、テストの意義を考えてみましょう。それは「やったことが試される」というものです。テストとはあくまでも「学習済(経験済)のことがらの定着が試される」という趣旨のものです。発想のユニークさが評価されるというようなものではないのです。それは数十分のテスト時間で求められるものではありませんよね。ですからテストの必勝法は、「四の五の言わずに勉強して、経験値を上げろ!」ということです。結局、活を入れることになりましたね(笑)。

 

 

 

 

 

 

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# ざっくりと

 「ざっくりと」

 

 「あれだけ計画通りにやったのに全部覚えることができませんでした。私って記憶力がないんでしょうか?」中学二年生の女の子です。白か黒かはっきりさせないと納得できない!という思春期真っ只中。「記憶力がない」と言い切ってしまうあたりに「全部できなければ、ゼロと同じ!」という生真面目すぎる性格があらわれていますね。

 「300語の中から出題されるという英単語のテストがあったんです。一度に長時間かけて覚えるよりも、短い時間でも毎日続けて覚えたほうがいいというアドバイスに従って、ちゃんと準備したんです。」それでいいと思いますよ。一夜漬けで覚えこんだとしても、結局身につかないですからね。それでは将来的に役に立ちませんから。「何度も繰り返して、着実に進めたのに。本番のテストで間違えてしまったんです。」といっても、9割以上は得点できたんでしょう。十分だと思いますよ。「一ヶ月も準備して、満点を取れないなんて!自分が許せないんです。」あれあれ、これは「ほぼ満点だからそれでいいんだよ」という話をしても納得しないな、と思った筆者はアプローチを変えることにしました。一ヶ月毎日継続して勉強したというけれど、どんな風にやったの?「毎日少しずつ進めました。30日間あったので、一日10個の単語を確実に覚えるという計画でした。」え?じゃあ、一つの単語は一回しか覚えるチャンスがないということ?「違います!一日に10個ずつ増やしていくつもりで、何度も繰り返しました。」どうして一日10個にしちゃったの?「え?一度にたくさんやるのではなくて、毎日少しずつやるほうが効果的だからって…」ああ、それはね、「少しずつ」の意味を取り違えているよ。少しというのは単語の量の話ではなくて、かける時間の話なんだよ。

 300個の単語を覚えようというときに、300分=5時間かけて一度に覚えようとするよりも、一日10分でいいから30日かけて合計300分使うほうが、同じ時間であっても記憶に定着するというのは間違いありません。でも、だからといって300÷30=10という計算式で、単語の量まで小分けにしてしまうことはないのです。そうではなく、一日10分で300個の単語を覚えようとするのです!そこでも、10分=600秒だから、一つの単語に2秒かけて覚えよう!などという計算式を当てはめる必要はありません。300個を「ざっくりと」10分かけて1周するのです。

 ここで登場したのが「今月の言い回し」です。ビジネスシーンなどで「今日中にざっくりと全体のプランをまとめておいてくれ」などといった用法ですっかり定着した感のある「ざっくり」という言葉ですが、少し前までは「俗語」という扱いでした。辞書に「大まかに。大ざっぱにとらえる」という意味が載るようになったのは、つい最近のことです。

 「ざっくり」というのは擬態語の一種になります。擬態語というのは、ものごとの状態や様子などを感覚的に音声化した表現です。でも、実際に音がするわけではありませんからね。「うろうろと歩き回る」という表現で、本当にうろうろと音がするわけではないですよね。では「ざっくり」はどんな様子を表したものなのでしょうか。例をもとに考えてみましょう。「キャベツをざっくりと切る」これは「力をこめて物を切ったり、割ったりするさま」になります。「傷口がざっくりと割れる」これは「深くえぐれたり、大きく割れたりするさま」ですね。「ざっくりとしたセーター」これは「布地などの手ざわりや目などの粗いさま」ですよね。この最後の用法から派生して、「大ざっぱ、大まか」という意味で使われるようになったのではないかと考えられています。

 決して悪い意味ではなく「丁寧ではなく大まかに」「細かいことにこだわらず」という語義が「ざっくり」に加わることになったのです。「ざっくりと300語を覚える」というのもそうです。丁寧に細かく覚えようとすれば、10分でできるわけはありません。そこをあえて、一語一語にこだわらずに大まかに300個をさらりと学習するのです。読解においては「自分が納得するまで、細かいところを丁寧にこだわって読み抜く」という態度が大事ですが、暗記という作業においては、一部分だけを掘り下げるよりも、全体をまんべんなく繰り返し仕上げることのほうが重要なのです。

 「じゃあ、毎日300語を30日間繰り返し学習すればよかったんですね。」その通りですが、1日10分で続けることがポイントなんですよ。毎日、何時間もかけてしまっては意味がありませんから。そのためには練習が必要だともいえます。経験を積んでこそ大まかにできるようになるのです。「ざっくり」の意味合いはそこにあるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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# 餅は餅屋

 「餅は餅屋」

 

 中学二年生の教え子のお母様からの相談です。「とにかく過去問を早い段階からやらせるべきだと指導されたのですが、2年生の夏からでは遅いでしょうか?」いえいえ、まだ中学のカリキュラムも終了していないのに、総合問題である過去問に手をつけても、効果は期待できないですよ。「でも、誰もやっていないうちから進めておくのがいいんだって。先行逃げ切りだということらしいんです。」面白い表現ですね。でも作戦の一つではありますが、必ずそうしなければならないというものではありませんよ。一体誰に指導を受けたんですか?「娘の同級生のお母様です。お兄さんの受験で成功されて、自信満々でアドバイスくださるものですから。学年ではカリスマ的な人気?を誇っていらっしゃいます。」ママ友というアレですね。それは人間関係も絡んでいて面倒くさいケースですね(笑)。耳を貸さないで、とは言いませんが、話半分に聞いておいてくださいね。アドバイスが必要でしたら、われわれプロフェッショナルにお任せください。餅は餅屋ですから!

 「その道のことはやはり専門家が一番である」ということのたとえに使う慣用表現ですね。お餅は餅屋さんがついたものが一番おいしい!ということです。「餅屋って、それは何ですか?」という声が聞こえてきそうですが、お餅を専門に作る職人さんのお店です、って言ってもピンとこないですよね。では英語でお餅のことを何ていうか知っていますか?rice cakeです。お米のケーキですよ。ですから「ケーキはケーキ屋さんで買う」といえば理解できるのではないでしょうか。手作りのケーキも素敵ですが、やっぱりプロのパティシエ(ケーキ職人)が作るケーキはすごい!という意味だと理解してください。

 ママ友さんのアドバイスに話を戻すとするならば、それはこんなたとえになるのではないでしょうか。あるお母さんの作った手作りのケーキがおいしいと評判になり、皆さんでそのレシピを参考にさせてもらいました。けれども、作ってみておいしいかどうかは自己責任でお願いしますね(笑)!と、まあこんな風になると思いますよ。

 お餅は家庭で作ることもできます。昔は各家庭でお餅つきを行っていました。それでも、お正月の前であるとか「特別な日」につくだけです。年がら年中ついているわけではありません。「今年のお餅は特別おいしいね」というのがお正月の挨拶のようなものでした。それに対して、それこそ毎日お餅をついて研究を重ねているのが餅屋さんなわけです。お世辞ではなく、本当においしいお餅でなければ誰もわざわざ買ってくれませんからね。プロフェッショナルとは「結果に責任を負うこと」なのです。われわれプロの発言一つひとつの背景には、幾千もの実例が存在します。その上で、この生徒に当てはまるアドバイスは何か?を問い続けているのですよ。安心して餅屋にお尋ねくださいませ!

 

 

 

 

 

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# 相対評価

 「相対評価」

 

 教え子君と話をしていて、それは冗談で言っているのか、それとも本気で言っているのか、よく分からずにいて、事情を理解するまでに随分と時間がかかった、という最近のエピソードをご紹介します(笑)。私は冗談だと聞き流していたのですが、教え子君はどうやら本気でそう思っているようなのでした。

 教え子君が力を込めて主張することには「自分は小学校五年生の時が、一番頭が良かった!」と言うのです。私としては単純に、そんなことはないだろう、と話をしました。中学生になって英語も数学も新しく学習し始めて、どんどん知識の量は増えているし、小学生の頃とは比べものにならないほど頭は良くなっていると思うよ、と教え子君の冗談を軽くいなして、自信を持てと言いたかったのです。ところが、教え子君は頑(かたく)なに「五年生の頃は、本当に頭が良かったんです。あぁあ、五年生に戻りたい。」と言いつのります。「ははぁ、今の能力のまま、五年生に戻りたいというヤツか。のび太じゃないんだから、そんな夢想をしていないでちゃんと期末テストの準備をしろ!」と、現実逃避を試みていると思った私は、厳しく教え子君にあたったのでした。さらには「私なんか君の何倍も長く生きてきているが、今でもどんどん賢くなっているという実感があるぞ!」と自慢にしか聞こえない発言をして、教え子君を途方に暮れさせていました。私としては、今日よりも明日の自分は成長している、という話を伝えたかったのです。

 「小学生の頃はクラスでも一番できる!って思っていたのに、中学生になってからは、真ん中くらいでしかないし…」ここでようやく私は気づいたのでした。あぁ相対評価の話をしていたのか、と。

 クラスの中の自分の順位、といった尺度で評価することを「相対評価」と言います。「一番できるグループが10%で、二番手グループは20%で…」と決められた枠の中で、自分がどこに位置するのかということが評価の基準になります。ですから教え子君は、小学生の頃は一番手グループに属していたが、中学校に入ってからは、二番手・三番手グループをウロウロ…という状況なのでしょう。小学校と違い中学校は、通学のできる区域も格段に広くなり、集まってくる生徒の幅も広がります。当然「できる」生徒もたくさん集まってきますよね。でもこの傾向は、高校・大学と進学するにつれて、さらに拍車がかかってきます。大学には全国から「我こそは!」という人物が集まってくるわけですから。

 「え〜。じゃあ大学に行ったら今よりもっと大変じゃないですか。やっぱり小学校がいい。」と教え子君。大丈夫です。大学での評価の仕方は「絶対評価」になりますから。クラスの中の何番手、という評価基準ではなく、この百点満点のテストで80点をこえたものはA判定、といった「基準点に達するかどうか」が評価のポイントになるのです。もしクラス全員が80点をこえたら、全員がA判定になるだけです。「それいいですね!はやく大学生になりたいです!」と、俄然やる気をみせた教え子君なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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# 心にもない

「心にもない」

 

 教え子君のお母様から深刻な相談です。「母親失格です。息子に心にもない言葉を浴びせてしまいました。」母親失格、とまでご自身を追いつめています。反省しきりの様子のお母様ですが、一体何をお子さんに言ってしまったのでしょうか。「受験生なのに、ちっとも自覚がないというか…当然、勉強していなきゃいけないタイミングで、ダラダラとテレビをつけっぱなしにしていて…」それで怒ったのですね、「勉強しなさい!」と。でも、それはどこのご家庭でも繰りひろげられている「日常の風景」ではないでしょうか(笑)。受験生なら注意されて当然ですし、お母様が心配になるようなことではありませんよ。お子さんも「どこかで区切りをつけなくちゃ」とは気づいていたはずです。それでも「次にCMが始まったらテレビを消そう」といった、実に頼りない決意を胸に秘めていたくらいでしょうから、お母様に注意されてようやく区切りがついたというのは、むしろ本人にとってもありがたいハナシなんですよ。「今やろうと思っていたのに!」と文句は言うでしょうが、「だったら言われる前にやりなさい!」と言い放っても問題ないというくらいです。

 ここまで私は「受験生の日常風景」というカテゴリーでのお話と理解して、一般的なアドバイスを返していたのですが、ポイントはそこではありませんでした。「心にもないことを」というお母様の発言からも明らかなように、「勉強しなさい!」という小言について反省しているのではないようです。それはそうですよね。勉強してほしいとは心にも思っていない、なんていうことはないでしょうから。では、お母様は一体何を言ってしまったのでしょうか。

 「合格するはずないでしょう!落ちてみないと分からないのね!」お母様の反省は、このネガティブな言葉を投げかけてしまったことに対してだそうです。「不合格だの、落ちろ、だの、心にもないことを言ってしまって…先生から感情のマネジメントが重要だと教えていただいたのに…」私が言ったことも覚えていらっしゃるようで、アンガーマネジメント(怒りの感情をコントロールすること)のお話も理解して下さっています。頭では分かっているのですが、わが子に対しては我慢ができずに厳しい言葉をつい…。そうなんですよね、怒りにまかせて口走ってしまいますよね。でもお母様、この際ですから申し上げますが、それは「心にもない」ではなくて「心からの」叫びだということを、しっかりとご認識くださいませ!

 「心にもないことを言ってしまってごめんなさい」というフレーズは、謝罪の際の常套句です。本心からではないことをアピールして許しを請うわけですが、実際問題としてよく考えてみてください。人間は思いもしないことを口にすることはありません。怒りという感情が「言ってはいけない」という理性によるストッパーを解除してしまい、その結果口をついて出てきた言葉というのは、実は「心の底では常々そう思ってきたこと」に他なりません。

 「先生、私はわが子の不合格を望んでいたりはしませんよ。」それはそうでしょう。しかしながら「こんな調子では不合格になってしまう」と心配していたでしょう?その思いを口に出さず、とりわけ「不合格」をNGワードとして意識してしまうあまり、「そんなことを考えていること」自体をなかったことにして、意識に上らないように心の奥底に閉じ込めてしまっていたのでしょう。それは「言ってはいけないこと」であって、「心にもないこと」ではないのですよ。

 「それでも、子どもに対して言ってはいけないことを、口にしてしまったことには違いありませんから」と、お母様。確かに本人を目の前にして言うことではありませんよね。その点は反省して頂いて、では本人の前で口にしないようにするにはどうすればいいのでしょうか?簡単です、本人が目の前にいなければいいのです!「心にもない」などと、「なかった」かのように振舞うのは、ストレスがたまるばかりです。ですからお母様、どんどん我われに言ってください!本人の前では口にできない「本音」を、ぜひお聞かせください!「先生!このままだと息子は合格できないと思います!」そうです、ご相談くださいませ。そのためにこそ、我われ講師が存在するのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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| comments(0) | trackbacks(0) | 08:36 | category: つれづれ |
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