文の会ブログ

「本郷東大 文の会(ふみのかい)」のブログです!
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# 餅は餅屋

 「餅は餅屋」

 

 中学二年生の教え子のお母様からの相談です。「とにかく過去問を早い段階からやらせるべきだと指導されたのですが、2年生の夏からでは遅いでしょうか?」いえいえ、まだ中学のカリキュラムも終了していないのに、総合問題である過去問に手をつけても、効果は期待できないですよ。「でも、誰もやっていないうちから進めておくのがいいんだって。先行逃げ切りだということらしいんです。」面白い表現ですね。でも作戦の一つではありますが、必ずそうしなければならないというものではありませんよ。一体誰に指導を受けたんですか?「娘の同級生のお母様です。お兄さんの受験で成功されて、自信満々でアドバイスくださるものですから。学年ではカリスマ的な人気?を誇っていらっしゃいます。」ママ友というアレですね。それは人間関係も絡んでいて面倒くさいケースですね(笑)。耳を貸さないで、とは言いませんが、話半分に聞いておいてくださいね。アドバイスが必要でしたら、われわれプロフェッショナルにお任せください。餅は餅屋ですから!

 「その道のことはやはり専門家が一番である」ということのたとえに使う慣用表現ですね。お餅は餅屋さんがついたものが一番おいしい!ということです。「餅屋って、それは何ですか?」という声が聞こえてきそうですが、お餅を専門に作る職人さんのお店です、って言ってもピンとこないですよね。では英語でお餅のことを何ていうか知っていますか?rice cakeです。お米のケーキですよ。ですから「ケーキはケーキ屋さんで買う」といえば理解できるのではないでしょうか。手作りのケーキも素敵ですが、やっぱりプロのパティシエ(ケーキ職人)が作るケーキはすごい!という意味だと理解してください。

 ママ友さんのアドバイスに話を戻すとするならば、それはこんなたとえになるのではないでしょうか。あるお母さんの作った手作りのケーキがおいしいと評判になり、皆さんでそのレシピを参考にさせてもらいました。けれども、作ってみておいしいかどうかは自己責任でお願いしますね(笑)!と、まあこんな風になると思いますよ。

 お餅は家庭で作ることもできます。昔は各家庭でお餅つきを行っていました。それでも、お正月の前であるとか「特別な日」につくだけです。年がら年中ついているわけではありません。「今年のお餅は特別おいしいね」というのがお正月の挨拶のようなものでした。それに対して、それこそ毎日お餅をついて研究を重ねているのが餅屋さんなわけです。お世辞ではなく、本当においしいお餅でなければ誰もわざわざ買ってくれませんからね。プロフェッショナルとは「結果に責任を負うこと」なのです。われわれプロの発言一つひとつの背景には、幾千もの実例が存在します。その上で、この生徒に当てはまるアドバイスは何か?を問い続けているのですよ。安心して餅屋にお尋ねくださいませ!

 

 

 

 

 

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# 相対評価

 「相対評価」

 

 教え子君と話をしていて、それは冗談で言っているのか、それとも本気で言っているのか、よく分からずにいて、事情を理解するまでに随分と時間がかかった、という最近のエピソードをご紹介します(笑)。私は冗談だと聞き流していたのですが、教え子君はどうやら本気でそう思っているようなのでした。

 教え子君が力を込めて主張することには「自分は小学校五年生の時が、一番頭が良かった!」と言うのです。私としては単純に、そんなことはないだろう、と話をしました。中学生になって英語も数学も新しく学習し始めて、どんどん知識の量は増えているし、小学生の頃とは比べものにならないほど頭は良くなっていると思うよ、と教え子君の冗談を軽くいなして、自信を持てと言いたかったのです。ところが、教え子君は頑(かたく)なに「五年生の頃は、本当に頭が良かったんです。あぁあ、五年生に戻りたい。」と言いつのります。「ははぁ、今の能力のまま、五年生に戻りたいというヤツか。のび太じゃないんだから、そんな夢想をしていないでちゃんと期末テストの準備をしろ!」と、現実逃避を試みていると思った私は、厳しく教え子君にあたったのでした。さらには「私なんか君の何倍も長く生きてきているが、今でもどんどん賢くなっているという実感があるぞ!」と自慢にしか聞こえない発言をして、教え子君を途方に暮れさせていました。私としては、今日よりも明日の自分は成長している、という話を伝えたかったのです。

 「小学生の頃はクラスでも一番できる!って思っていたのに、中学生になってからは、真ん中くらいでしかないし…」ここでようやく私は気づいたのでした。あぁ相対評価の話をしていたのか、と。

 クラスの中の自分の順位、といった尺度で評価することを「相対評価」と言います。「一番できるグループが10%で、二番手グループは20%で…」と決められた枠の中で、自分がどこに位置するのかということが評価の基準になります。ですから教え子君は、小学生の頃は一番手グループに属していたが、中学校に入ってからは、二番手・三番手グループをウロウロ…という状況なのでしょう。小学校と違い中学校は、通学のできる区域も格段に広くなり、集まってくる生徒の幅も広がります。当然「できる」生徒もたくさん集まってきますよね。でもこの傾向は、高校・大学と進学するにつれて、さらに拍車がかかってきます。大学には全国から「我こそは!」という人物が集まってくるわけですから。

 「え〜。じゃあ大学に行ったら今よりもっと大変じゃないですか。やっぱり小学校がいい。」と教え子君。大丈夫です。大学での評価の仕方は「絶対評価」になりますから。クラスの中の何番手、という評価基準ではなく、この百点満点のテストで80点をこえたものはA判定、といった「基準点に達するかどうか」が評価のポイントになるのです。もしクラス全員が80点をこえたら、全員がA判定になるだけです。「それいいですね!はやく大学生になりたいです!」と、俄然やる気をみせた教え子君なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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# 心にもない

「心にもない」

 

 教え子君のお母様から深刻な相談です。「母親失格です。息子に心にもない言葉を浴びせてしまいました。」母親失格、とまでご自身を追いつめています。反省しきりの様子のお母様ですが、一体何をお子さんに言ってしまったのでしょうか。「受験生なのに、ちっとも自覚がないというか…当然、勉強していなきゃいけないタイミングで、ダラダラとテレビをつけっぱなしにしていて…」それで怒ったのですね、「勉強しなさい!」と。でも、それはどこのご家庭でも繰りひろげられている「日常の風景」ではないでしょうか(笑)。受験生なら注意されて当然ですし、お母様が心配になるようなことではありませんよ。お子さんも「どこかで区切りをつけなくちゃ」とは気づいていたはずです。それでも「次にCMが始まったらテレビを消そう」といった、実に頼りない決意を胸に秘めていたくらいでしょうから、お母様に注意されてようやく区切りがついたというのは、むしろ本人にとってもありがたいハナシなんですよ。「今やろうと思っていたのに!」と文句は言うでしょうが、「だったら言われる前にやりなさい!」と言い放っても問題ないというくらいです。

 ここまで私は「受験生の日常風景」というカテゴリーでのお話と理解して、一般的なアドバイスを返していたのですが、ポイントはそこではありませんでした。「心にもないことを」というお母様の発言からも明らかなように、「勉強しなさい!」という小言について反省しているのではないようです。それはそうですよね。勉強してほしいとは心にも思っていない、なんていうことはないでしょうから。では、お母様は一体何を言ってしまったのでしょうか。

 「合格するはずないでしょう!落ちてみないと分からないのね!」お母様の反省は、このネガティブな言葉を投げかけてしまったことに対してだそうです。「不合格だの、落ちろ、だの、心にもないことを言ってしまって…先生から感情のマネジメントが重要だと教えていただいたのに…」私が言ったことも覚えていらっしゃるようで、アンガーマネジメント(怒りの感情をコントロールすること)のお話も理解して下さっています。頭では分かっているのですが、わが子に対しては我慢ができずに厳しい言葉をつい…。そうなんですよね、怒りにまかせて口走ってしまいますよね。でもお母様、この際ですから申し上げますが、それは「心にもない」ではなくて「心からの」叫びだということを、しっかりとご認識くださいませ!

 「心にもないことを言ってしまってごめんなさい」というフレーズは、謝罪の際の常套句です。本心からではないことをアピールして許しを請うわけですが、実際問題としてよく考えてみてください。人間は思いもしないことを口にすることはありません。怒りという感情が「言ってはいけない」という理性によるストッパーを解除してしまい、その結果口をついて出てきた言葉というのは、実は「心の底では常々そう思ってきたこと」に他なりません。

 「先生、私はわが子の不合格を望んでいたりはしませんよ。」それはそうでしょう。しかしながら「こんな調子では不合格になってしまう」と心配していたでしょう?その思いを口に出さず、とりわけ「不合格」をNGワードとして意識してしまうあまり、「そんなことを考えていること」自体をなかったことにして、意識に上らないように心の奥底に閉じ込めてしまっていたのでしょう。それは「言ってはいけないこと」であって、「心にもないこと」ではないのですよ。

 「それでも、子どもに対して言ってはいけないことを、口にしてしまったことには違いありませんから」と、お母様。確かに本人を目の前にして言うことではありませんよね。その点は反省して頂いて、では本人の前で口にしないようにするにはどうすればいいのでしょうか?簡単です、本人が目の前にいなければいいのです!「心にもない」などと、「なかった」かのように振舞うのは、ストレスがたまるばかりです。ですからお母様、どんどん我われに言ってください!本人の前では口にできない「本音」を、ぜひお聞かせください!「先生!このままだと息子は合格できないと思います!」そうです、ご相談くださいませ。そのためにこそ、我われ講師が存在するのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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# リーズナブル

 「リーズナブル」

 

 「国語の解答って、いい加減だと思います!」私のところに詰め寄ってきた教え子がいます。成績優秀な生徒さんです。英語と数学の成績は抜群で、本人も「得意です」と自負しています。そんな中で「国語の成績には納得がいかない!」ということなのですが。「国語の読解問題で、傍線部の理由を答えさせたりする場合、数学のように証明ができないじゃないですか。それって数学と違って国語はいい加減だということになると思うのですが、違いますか!」ドキリとさせられる鋭い質問です。単に成績が振るわないことに対するグチを語りにきたとか、国語という科目に対する八つ当たりを述べにきた、というストレス発散のために筆者のところにやってきたのではなさそうです。(あ、ストレス発散でもいいのですよ!内にこもって悩み続けてモンモンとするよりも、外に向けて何かを発信することは精神衛生上もいいことだと思いますので!)真剣な質問に対して、真剣に向き合わなくてはならないと覚悟を決めました。そして次のように生徒さんに返答したのです。「確かに国語の解答は、いい加減ですよ。」あっさりと認めてしまいました。肩透かしをくらったような格好の生徒さんは、かえって戸惑ってもいるようです。そこで、「でもそのいい加減というのは漢字で書いて考えてみてくださいね」と、伝えました。それはどういうことでしょうか?

 「良い加減」と書いて「いい加減」と読むことができます。辞書で確認してみてほしいのですが、「いい加減」には相反する意味が含まれています。一つは、生徒さんが指摘した内容での「おおざっぱで、無責任」という意味です。そして、もう一つが「適度」という意味になります。「ちょうどいい加減のお風呂の温度」という用法がなじみやすいでしょう。国語の読解での解釈というのは、この「良い加減」の推論を追求するものなのだということを理解してほしいのです。

 「数学とはどこが違うのですか?」生徒さんの追及はとまりません。数学の証明のような論理的推論には、大きな特徴があります。それは「前提がすべて真であれば、結論も必ず真となる」というものです。中点連結定理を使って図形が平行四辺形であるということを証明する、なんていうのはまさにこのパターンですよね。これに対して、国語の読解での解釈というのはどうでしょうか。「傍線部の箇所での主人公の心情を説明しなさい」という問題をイメージしてみてください。決まった定理があるわけではありませんよね。論拠を挙げるとしても、「文章中で主人公がこんな行動をとっている」という箇所を指摘できるくらいです。さらには、そんな行動をとっているからといって、こうした心情でいるに違いない、という結論を導き出すことも、あくまでも蓋然的なもの(確実とはいえないもの)でしかないのです。つまり国語の読解では、論拠に関しても、論拠から結論への移行に関しても、数学的には「いい加減」な推論でしかないと言えます。だからこそ、別の観点から「良い加減」の推論を追求しなくてはならないのです。ここで求められる観点こそが国語的なものなのです。そしてそれは、誰もが納得できるという意味での「合理性」ということになります。

 「合理性?…ですか」なんだか難しげな話になって、さらに戸惑いの度を深めている様子にも見えます。英語を得意としている生徒さんですので聞いてみました。「reasonリーズンという単語の意味は知っていますか?」「はい、理由とか、道理という意味です。」「そうですね。ではreasonリーズンがもとになったreasonableリーズナブルという単語の意味は知っていますか?」「え、あ、はい。リーズナブルという言葉は知っています。値段が安いという意味だと思います。」「いえいえ、リーズナブルは合理的という意味なのですよ!」

 「リーズナブル」という言葉の本来の意味は「リーズン」という言葉の意味をふまえて「道理に合った・納得のできる」という意味になります。そこから「納得のできる手ごろな値段」という意味で「妥当性のある値段」を意味することもあるのです。「激安」という意味で覚えてしまっている生徒さんはいませんか?決して「安い」というだけではありませんのでご注意を。

国語で求められるのは、このリーズナブルな解答なのです。それは相手を納得させられるだけの妥当性を持った解答という意味になります。ここで言う相手とは「採点者」のことであり、その人を説得するという意識が必要です。コミュニケーションの中で理性を働かせることこそ、国語の学習の目指すべき姿なのです。「問題と向き合うだけの数学と違い、国語には人間の相手がいる、ということですよね?」その通りです。文中の言葉を使いながら、良い加減に相手に伝わる答案を目指しましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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# すきま時間

 「すきま時間」

 

 「すきま時間」というのは、予定と予定の間に生じる短い時間を意味する言葉です。そんなわずかな時間でも無駄にせずに、ちょっとした作業にでも取り組めるようにするということが、これまで大切だとされてきました。毎日の予定が決まっているならば、それにともなってすきま時間の方も毎日見込むことができます。ですから少しの時間であっても、それが毎日積み重なることによって大きな効果を生むことになる、と認識されてきました。例えば通勤電車の中で英会話の教材に取り組む、なんていうのはビジネスマンによるすきま時間の活用の典型だといえるでしょう。

 最近ビジネスの世界では、あらためてすきま時間の価値が見直されています。これまでは仕事に取り組む時間以外の「すきま」を利用する、という考え方に基づいていたのですが、それが根本から覆(くつがえ)される勢いなのです。原因はスマートフォンの普及によります。つまり、これまであった仕事をする時間や場所に対する制限そのものが、解消されつつあるということです。オフィスの机のパソコンに向かって仕事をする時間と時間の間という「すきま」についての考え方が、そもそも成り立たなくなりつつあるのです。オフィスでなくても自宅でのパソコンを使って在宅で仕事をする、という考えをさらに発展させたものであるといえます。移動中であろうが何であろうが、スマホを片手に「自宅やオフィスのパソコンでやっていた仕事」をまるごと実行することができるのですから。いつでもどこでも仕事ができる、いわば「すきまなし」の世の中に変わりつつあるのですよ!

 教育の世界でも、いずれは同じことが起こってくるかもしれません。学校に通って決められた時間割に従って科目の学習を行う、という「当たり前」が変わってくるかもしれませんよ。皆さんにとっては、「すきまなし」で勉強を続けなくてはならない時代が到来することに備えなくてはならないわけですが(笑)。

 とはいっても、すきまなしで勉強を続けることには、かえって無理・無駄が生じてしまう危険性もあります。「6時間勉強しました!」と言ったところで、ただダラダラと勉強を続けていただけでは、効果も期待できないでしょう。メリハリをつけて、短時間で集中を繰り返す。「すきま」には集中力を回復させる効果があるのです。ですから長時間勉強を続けるときにこそ、逆にすきま時間を意識するべきなのです。気分転換にすきま時間を有効活用してこそ、集中力も維持できるというものです。「すきま時間に得意科目を勉強して気分転換をしています!」そこまでいけば完璧ですけれどもね。

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# 読書百遍

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 「読書百遍」

 

 「どくしょひゃっぺん」と読みます。「百遍」というのは「回数が多い」という意味です。中国の故事にまつわる「読書百遍意自ずから通ず」を略したものになります。「どんなに難しい文章でも、繰り返し読めば自然と意味が分かってくる」ということです。皆さんも耳にしたことがある言い回しではないでしょうか。そして「古臭い」という印象を持つのではないでしょうかね(笑)。

 「意味が分からなければ、すぐに検索!」という時代に生まれた皆さんですから、非効率的な「とにかく百回読め!」といった根性論めいた物言いには違和感を覚えることでしょう。でも、この「古臭い」という認識は今に始まったことではなく、昭和の時代から言われていました。小林秀雄が「読書百遍という様な言葉が、今日、もう本当に死語と化してしまっている」と言及していたことが思い出されます。えっ?小林秀雄って誰ですかって?「近代批評の確立者」と言われ、昭和を代表する知識人ですよ。難解な文章で知られ、受験業界では「悪名高い」小林秀雄なのです。大学入試センター試験で、国語の平均点が史上最低を記録した際の出題文が小林秀雄の文章だったものですから。当時の受験生が「イミフー!」と叫んでいたのも、まだまだ記憶に新しいところで今から五年前の2013年のことでした。読書百遍というのは、そんな小林秀雄の文章を読む際に、最も要求される姿勢だと思いますよ。死語と言われようともそれは必要なものなのです。

 でも先生!テストでは読書百遍なんてやっていたら間に合わないですし、それができないからこそ実際のセンター試験でも受験生が点数を取れなかったんじゃないですか!鋭い指摘です。時間という制限のあるテストでは、読書百遍という姿勢を貫こうとしても無理が生じてしまうということですね。もとになった故事でも「百回も繰り返し読む時間なんかありません!」という意見に対して、「ひまをみつけて読むのです。雨の日でも、夜中でも、冬の間でも」(人が活動しない時間、という意味)と答えていますからね。何年もかけて読むというスタンスのようです。それでは試験時間内に問題を解くという読解とは、前提自体が違っているということになります。

 それを承知で、あえて読書百遍を勧めるとするならばどうなるのか。一般的な読書百遍ではなく、国語のテストの読解に際して求められる読書百遍のあり方を示してみましょう。限られた試験時間内であっても「意味が分かるまでは繰り返し読むことをやめない」というスタンスは崩してはいけません!「先生、それでは間に合いませんよ」という生徒さんには「どこを読むのだと思っているのですか?」と聞いてみましょうか。「出題文を繰り返し読むのではないのですか?」という反応が返ってきそうですが、違うのです。傍線部の意味が分かるまで、設問の意図が分かるまで、選択肢の違いが分かるまで、なのです。そう、出題文ではなく設問を、意味が分かるまで繰り返し読むのです。一体何を要求しているのか。その意図が分かるまでしつこく読み続けるのです。「これしかない!」と納得のできるまで。

 書物には作者がいます。読書の目的は作者の意図を理解するということでしょう。「読書百遍意自ずから通ず」というのは、繰り返し読んでいれば作者の意図は伝わってくる、ということなのです。けれどもテストでは書物を丸ごと一冊読むということはありません。一部が切り取られて提示されているわけです。ですから作者の意図は、そもそも読み取れないと考えましょう。では何を読み取るのか。一部を切り取った人物の意図です。作問者というテストを作った人物の意図を読み取らなくてはならないのです。その作問者が書いた文章こそ、「設問」であり「選択肢」なのです。実に短い文章です。ここを百遍でも、「なぜ?」を繰り返しながら読み抜くのです。センター試験でも、小林秀雄と勝負するのではなく、小林秀雄の文章を出題した作問者との勝負だと考えて取り組まなければならなかったのですよ。君たちが高校生になった頃には、ぜひ理解しておいてほしいポイントなのです!

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# リベンジ

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 「リベンジ」

 

 「今回のテストは失敗してしまいました…。次回はリベンジします!」。教え子君がよく使うセリフですが(笑)、文化庁が実施した「国語に関する世論調査」でも、このリベンジをはじめとするカタカナ言葉の使用頻度が高まっていることが明らかになっています。「同じような意味の漢字とカタカナ言葉で、どちらを主に使いますか?」という調査項目があるのですが、リベンジは実に61%が「使う」と答えたそうです。それでは皆さんに逆に質問です。リベンジを使わずに、同じような意味を漢字で表すとすれば何になるでしょうか?正解は「雪辱」です。「せつじょく」と読みますよ。「そんな言葉使いません!」という声が聞こえてきそうです。それもそのはず、世代別に見ると30代以下のカテゴリーでは八割以上がリベンジを使うと答えているのですから。皆さんたちの世代にいたっては、その割合はもっと高いと考えていいでしょう。

 筆者にしてみれば「リベンジっていうのは新語・流行語大賞に選ばれた、最近はやりの言い回しなんだよ」と説明したいところなんですが、「最近」といっても平成11年のことになるのですね。今から19年前…君たちはまだ生まれてもいないじゃないですか!「平成の怪物」と言われたプロ野球選手の松坂大輔投手がデビューしたのがこの年ですよ。勝っても負けても騒がれた松坂投手が、試合後のインタビューで頻繁に口にしたのがこのリベンジだったのです。「リベンジします!」と宣言して、みごと次の試合でプロ初完封勝利をあげたりしていました。当時の新聞記事では、まだリベンジという言葉が聞きなれないカタカナ語として扱われていて、わざわざ日本語訳をつけて紹介されていました。その訳語というのが「復讐」「報復」というものなのです。なんだかおどろおどろしい表現ですよね。でも本来、リベンジというのはそうした意味なのです。これをスポーツの世界、特に試合の勝敗に焦点をしぼって、一度敗れたという悔しさを次に勝利することで晴らす、という意味で使うようになったことが「新語・流行語」に選ばれた理由なのです。この意味でリベンジが浸透してくるにしたがって、新聞記事でも「復讐」ではなく「雪辱」という言葉で説明されるようになりました。

 せっかくですから「雪辱」の使い方も覚えておきましょう。雪辱の「辱」については、難しい漢字ですが訓読みすると「辱(はずかし)められる」となり、意味は「はずかしい思いをさせられる」になります。次に「雪」ですが、これも訓読みすると「雪(そそ)ぐ」となり、意味は「洗い清める」になります。ですから「雪辱」で「恥ずかしい気持ちを拭い去る」という意味合いになるのです。ところで、「雪辱を果たす」と「雪辱を晴らす」、どちらが正しいと思いますか?正解は「雪辱を果たす」です。「晴らす」を使いたければ「屈辱を晴らす」が正しい用法になります。では「雪辱を晴らす」のどこが間違っているのでしょうか。ポイントは「意味の重複」になります。先ほど説明したように「雪辱」の「雪」には「拭い去る」という意味があり、これに「晴らす」という言葉をつなげてしまうと意味が重なってしまうのです。「馬から落馬しました」というように、同じことの繰り返しの表現となってしまい、これは「避けるべき恥ずかしい使い方」と認定されているのですよ。

 さて、テストでリベンジを誓ってくれた教え子君ですが、結果が出て再び宣言してくれました。「この次のテストでは雪辱を果たします!」新しい言い回しを一つ覚えましたね(笑)。とりあえずは一歩前進したと認めましょう。

 

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# 一夜漬け

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「一夜漬け」

 

 時間をかけてじっくりと学習に取り組みなさい!というアドバイスをするかと思ったら「一夜漬け」を取り上げるなんて。あ然とする皆さんの顔…よりも、あきれているご父母の顔が目に浮かびます。テストの前日に暗記するという、あの「一夜漬け」ですよ。今回は堂々と?一夜漬けの勧めを書いてみたいと思います。

 定期テストの前日の夜に「テスト範囲をとにかく覚えまくる!」というイメージで語られてしまう一夜漬けです。どうして前日になるまで何の準備もしてこなかったの!と、ご父母の皆さんが顔をしかめるのは、この点だと思います。計画性がないのがダメなのよ。その場しのぎで切り抜けようとするから、無理が生じるんでしょ。泣きそうになっても自業自得!学習の姿勢としては全く評価できない、といった様子です。では一体どの点に勧められる部分があるというのでしょうか?

 ズバリ「テストの直前に暗記する」という部分です。無限の記憶力を持つわけではない人間ですので、「間違いなく頭に入っている」という状態でテストに臨むためには、まさに直前の暗記が欠かせないからです。「でも、それでは直前まで、何の対策も準備もしなくていいということになってしまいませんか?」いいえ!十分に対策を重ねて、しっかりと準備をした上で、直前に暗記するのです。「え?しっかりと準備していたなら、暗記はいらないんじゃないですか?」違います!準備というのは、一夜漬けができるようになるためにこそ、積み重ねてくるものなのですよ。

 どういうことでしょうか。実体験をもとに解説してみましょう。私の手元には三十年前のルーズリーフファイルがいまだに残っています。そこには「世界史」の論述対策用のメモ書きが記されています。東京大学の二次試験のための対策ノートです。入試問題の過去問や模擬試験・問題集の解説部分をピックアップして書き写したものです。一年をかけて、取り組んだ全ての問題について、書き写してあるのです。今からみても「よくこんなに書いたものだなぁ」と感心するほどですが、世界史にばかり時間をかけていたわけではありませんよ。苦手だった英語や数学はもちろん、得意だと思っていた国語についても、世界史以上に時間を割いて取り組まなくてはなりませんでしたから。それでも、ちょこちょこと書きためてきたノートは、一年間で膨大な量になりました。これを作るために使った時間を一年間分合計すれば、三百時間にもなるのではないかと思います。そしてこれこそ、一夜漬けのために作ったノートなのです。本番のテストのために、前日と当日、このノートを集中して3時間も読み込めば、実に三百時間分の学習効果がある!と思っていました。「百倍ノート」ですね。お守りのような効果も果たしていたのだと思います。ですから、このノートだけはいまだに手元にとってあるのです。

 合否の差はほんのわずかなものです。一夜漬けしたかどうかで、この差が決まる!という意識も重要です。受験生に具体的なアドバイスをするならば、過去問の間違った箇所の解説をノートに書きためておくことをお勧めします。これを直前に読むのですよ。一夜漬けのための準備とはこういう意味なのでした。効果抜群ですよ!

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# スパイラル

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「スパイラル」

 

 スパイラルという言葉、皆さん耳にしたことがあるでしょう。フィギュアスケートが好きな生徒さんなら「アラベスクスパイラル」といった技の名前を知っているのではないでしょうか。また、「デフレスパイラルを断ち切る!」と宣言して景気回復を政策に掲げているのは日本政府ですから、こうした表現がメディアで報道されているのに接したことはあるはずです。では、そもそもスパイラルって何でしょうか?

 スパイラルとは、「螺旋(らせん)」を意味する言葉です。ぐるぐると渦巻状になっている形のことですね。そこから「連鎖的な変動」を意味することにもなります。先ほどのフィギュアスケートの例について説明すると、氷の上をくるくる回るだけではスパイラルとは言えません。片足を氷の上に、もう片方の足を自分の腰よりも高い位置にキープしたまま、曲線を描いて滑っていく。これがスパイラルです。浅田真央選手が、自分の頭よりも高い位置に足を上げて、華麗に氷の上を滑空していくさまを思い浮かべてください。また、政府の経済政策についても一言。デフレスパイラルとは、物価が下落することで企業の収益が悪化し、労働者の賃金が下がり、消費が冷え込んで物が売れなくなる結果、さらに物価が下落し…と連鎖していく経済状況のことです。この「負の連鎖」を断ち切り「デフレからの脱却」を掲げるのがアベノミクスですからね。社会の公民の勉強にもなりますね。

 さて、今回スパイラルをここで取り上げたのは、まったく別の意図からです(笑)。これまでにも何度か登場した「暗記法」についてのテーマになります。教え子君が例によって相談に来ました。どうやったら効果的に暗記ができるのか、という内容です。「覚えなければならない重要事項については、テキストにマーカーで色をぬって目立たせて、頭に焼きつけようとしています。」いいですね!視覚的にうったえているわけですね。確かに効果的ですよ。さらに声に出して読んでみて聴覚的にもうったえると効果抜群です!「でも、結局、覚えられないんですよ…」と、なんだかあきらめ顔の教え子君。「何度も繰り返しているのに、頭に入らないんです。マーカーで引くのは、無駄なんでしょうか?」そこで筆者はたずねます。何箇所マークしたのか数字で把握していますか?「え?どういうことですか。何個マークしたかなんて数えていませんけど。」それでは効果が半減してしまいますよ。何度も繰り返したとしても、同じことを反復しているだけですから。「だって、同じテキストで、マークした同じところを繰り返しているんですから、反復で当たり前なんじゃないですか?」当たり前だと思い込んでしまうと、次のステップへの発展がなくなってしまうのですよ!「それは一体どういうことですか?説明してください!」

 同じところをくるくる回っていてはダメなのです。それではサークル(=円)を描いているだけで、スパイラル(=螺旋)になりません。連鎖的な変動を引き起こすためには、ただ同じことを繰り返していてもダメだということです。一度目のターンで、一つひとつの項目をていねいに確認したら、二度目のターンでは、一度目とは違った次元で確認を行わなくてはならないのです。それが出来て初めてスパイラルになります。

 「具体的にお願いします!」どうにもせっかちな教え子君です。今、覚えようとしているテキストの重要箇所をマークし終わりました。さて、次のステップは?「マークした箇所をあらためて読み直したり、ノートに書き写したりします。」いいですね。それでいいですよ。で、何箇所マークしたのか数えていないんですか?「はい。目で見て、何箇所くらいマークしたのかは、大体把握しているとは思いますが。」それではダメなのです。必ず何箇所マークしたのか、数えてください!少なければ全部でいくつか。多い場合にでも、1ページごとに何箇所あったのか、とにかく数えて下さい。「何のためにですか?」テキストを閉じて、見えないようにしてから、マークした数だけ、全ての重要事項を口にしてみなければならないからです。あるいは、書き出してみなければならないからです。

 一度目のターンで一つひとつの項目をしっかりと確認しました。その作業は、たとえるなら森の中の木を一本ずつ確認していくようなものです。二度目のターンでは「何箇所チェックしたのか数を確認しろ!」と言いました。それはたとえるなら、森の中の木の数を把握して、森全体の様子をチェックするという作業です。「木を見て森を見ず」ということわざがありますが、この全体を見渡すという「手間」をかけてこその、2ターン目なのです。テキストを閉じて、「マークしたのは10箇所だから、今から10個、テキストを見ないで言ってみよう!」という流れでチェックしなくてはならないのです。時間がたってから復習する時にでも、「10個」という数を把握していれば、とにかく10個思い出さなくてはならないことがはっきりとしています。この抽象化が、スパイラルの極意なのですよ!

 

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# 盗人にも三分の理

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「盗人にも三分の理」

 

 「悪事をはたらくにも相応の理屈はある」という意味のことわざになります。泥棒が盗みをするのにも、それなりの理由があるというのです。言いかえれば、どんなことにでも理屈をつけようと思えばつけられるということになります。

 ちなみに「三分」というのはどの程度の割合になるのかお分かりでしょうか?割合を表す言葉として「割」「分」「厘」「毛」という漢字が当てられているのはご存知でしょう。全体を「1」とした場合、「割」=「0.1」「分」=「0.01」という意味になります。野球の打率などで見かける表現ですよね。「イチローの打率が3割7分5厘にまで上がった!」といった具合に使われます。そうすると「三分の理」というのは、全体を1として0.03、パーセントにして3%に過ぎないのでしょうか?

 実は、日常会話では「割」の意味で「分」を使うことも多いのです。例えば次のような表現を考えてみて下さい。「桜が五分咲き」「腹八分」「九分九厘間違いない」。これらは「満開の5%」「満腹の8%」「9.9%は確実」という意味で使われているわけではありませんよね。「半分は咲いている」「満腹には少し足りない」「ほぼ間違いない」という意味ですから。「三分の理」も「30%の理」があるという意味になるのです。

 また、「盗人にも」という言い方には、「誰の目にも明らかな悪人でさえ」というニュアンスが込められています。その盗人ですら、「100%の悪人ではありえない」ということが、ここでは「人間観」「人生観」として表現されているのです。ものごとを一面的に捉えることの危険性を主張しているとも言えます。人間は多面的であり、人生には驚くほど細かい複雑な事情が絡んでいるものだということ。これはある程度人生経験を積んだオトナであれば身にしみて理解している内容です。だからこそ、「オトナの判断」というものは、どんな問題についても軽率にほめたり、けなしたりはしないのです。結論は留保しておき、時間をかけてゆっくりと様子を見ることを優先します。皆さんからすれば「オトナって、ずるい!」ということになりそうですが、これこそが常識的な判断力というものなのです。

 皆さんにとっても、この「結論に直ぐにはとびつかない!」という態度は役に立ちますよ。具体的には国語の読解問題に取り組む際の姿勢として。とりわけ、物語文の登場人物の「心情分析」を行う際には忘れてはならないポイントであると言えるでしょう。物語には主人公を含めて、様々な登場人物が現れます。英語でいうと「キャラクター」ですね。「キャラ」と略して使うことも多いようです。また最近では、グループ内での振舞い方の「役割」を意味する言葉として「キャラ」という表現が使われているというのは、むしろ皆さん方のほうがよくご存知ですね。「まじめキャラ」だとか「へたれキャラ」、「いやしキャラ」などといった用法ですよね。これを論説文風に説明すると「コミュニケーションの場における振舞い方に関する類型的な役割」ということになります。

もちろん「盗人キャラ」なんてものは身近なグループ内にはあってはならない(笑)わけですが、物語文に登場する人物の「類型的な役割」ということについては、読解の際にも注意しなくてはならない内容です。特に、入試問題等で部分的に切り取られた小説の一節から、登場人物の性格の理解や心理状態の把握を求められるという場合には、まさにそこで交わしている会話=コミュニケーションの場における振る舞い方でもって、推測するしかないわけですから。ある程度の類型的な分類に基づく判断は必要でしょう。ただし、あくまでも「ある程度」です。むしろその先の「類型をはみ出る」部分にこそ、人物像を描き出す際の肝があると考えるべきなのです!理不尽な振る舞いを繰り返す「盗人キャラ」が登場した場合を考えてみましょう。物語的に盛り上がる箇所というのは、「盗人キャラ」が見せる、ほんの一部の理にかなった行動であるはずです。まさに「盗人にも三分の理」が描かれているシーンであるわけです。

 まじめだ、と思われている人間でも、100%まじめなだけで人生を過ごしているわけではないということ。へたれだ、と思われている人でも、人生のどんな場面で大胆な行動に出るかはわからないということ。いやし系の人物だと思われていた人が、裏ではとんでもない毒舌の持ち主だったということが発覚したりすること。それが人生なのです。

 ですから、「まじめキャラにも三分の軽薄」「へたれキャラにも三分の勇気」「いやしキャラにも三分の悪意」といったように、100%の「まじめ」「へたれ」「いやし」はありえないという認識で、登場人物の性格把握を行ってくださいね。ポイントは「人間の多面性」と「人生の複雑さ」ですよ。

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