文の会ブログ

「本郷東大 文の会(ふみのかい)」のブログです!
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# 読書百遍

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 「読書百遍」

 

 「どくしょひゃっぺん」と読みます。「百遍」というのは「回数が多い」という意味です。中国の故事にまつわる「読書百遍意自ずから通ず」を略したものになります。「どんなに難しい文章でも、繰り返し読めば自然と意味が分かってくる」ということです。皆さんも耳にしたことがある言い回しではないでしょうか。そして「古臭い」という印象を持つのではないでしょうかね(笑)。

 「意味が分からなければ、すぐに検索!」という時代に生まれた皆さんですから、非効率的な「とにかく百回読め!」といった根性論めいた物言いには違和感を覚えることでしょう。でも、この「古臭い」という認識は今に始まったことではなく、昭和の時代から言われていました。小林秀雄が「読書百遍という様な言葉が、今日、もう本当に死語と化してしまっている」と言及していたことが思い出されます。えっ?小林秀雄って誰ですかって?「近代批評の確立者」と言われ、昭和を代表する知識人ですよ。難解な文章で知られ、受験業界では「悪名高い」小林秀雄なのです。大学入試センター試験で、国語の平均点が史上最低を記録した際の出題文が小林秀雄の文章だったものですから。当時の受験生が「イミフー!」と叫んでいたのも、まだまだ記憶に新しいところで今から五年前の2013年のことでした。読書百遍というのは、そんな小林秀雄の文章を読む際に、最も要求される姿勢だと思いますよ。死語と言われようともそれは必要なものなのです。

 でも先生!テストでは読書百遍なんてやっていたら間に合わないですし、それができないからこそ実際のセンター試験でも受験生が点数を取れなかったんじゃないですか!鋭い指摘です。時間という制限のあるテストでは、読書百遍という姿勢を貫こうとしても無理が生じてしまうということですね。もとになった故事でも「百回も繰り返し読む時間なんかありません!」という意見に対して、「ひまをみつけて読むのです。雨の日でも、夜中でも、冬の間でも」(人が活動しない時間、という意味)と答えていますからね。何年もかけて読むというスタンスのようです。それでは試験時間内に問題を解くという読解とは、前提自体が違っているということになります。

 それを承知で、あえて読書百遍を勧めるとするならばどうなるのか。一般的な読書百遍ではなく、国語のテストの読解に際して求められる読書百遍のあり方を示してみましょう。限られた試験時間内であっても「意味が分かるまでは繰り返し読むことをやめない」というスタンスは崩してはいけません!「先生、それでは間に合いませんよ」という生徒さんには「どこを読むのだと思っているのですか?」と聞いてみましょうか。「出題文を繰り返し読むのではないのですか?」という反応が返ってきそうですが、違うのです。傍線部の意味が分かるまで、設問の意図が分かるまで、選択肢の違いが分かるまで、なのです。そう、出題文ではなく設問を、意味が分かるまで繰り返し読むのです。一体何を要求しているのか。その意図が分かるまでしつこく読み続けるのです。「これしかない!」と納得のできるまで。

 書物には作者がいます。読書の目的は作者の意図を理解するということでしょう。「読書百遍意自ずから通ず」というのは、繰り返し読んでいれば作者の意図は伝わってくる、ということなのです。けれどもテストでは書物を丸ごと一冊読むということはありません。一部が切り取られて提示されているわけです。ですから作者の意図は、そもそも読み取れないと考えましょう。では何を読み取るのか。一部を切り取った人物の意図です。作問者というテストを作った人物の意図を読み取らなくてはならないのです。その作問者が書いた文章こそ、「設問」であり「選択肢」なのです。実に短い文章です。ここを百遍でも、「なぜ?」を繰り返しながら読み抜くのです。センター試験でも、小林秀雄と勝負するのではなく、小林秀雄の文章を出題した作問者との勝負だと考えて取り組まなければならなかったのですよ。君たちが高校生になった頃には、ぜひ理解しておいてほしいポイントなのです!

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# リベンジ

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 「リベンジ」

 

 「今回のテストは失敗してしまいました…。次回はリベンジします!」。教え子君がよく使うセリフですが(笑)、文化庁が実施した「国語に関する世論調査」でも、このリベンジをはじめとするカタカナ言葉の使用頻度が高まっていることが明らかになっています。「同じような意味の漢字とカタカナ言葉で、どちらを主に使いますか?」という調査項目があるのですが、リベンジは実に61%が「使う」と答えたそうです。それでは皆さんに逆に質問です。リベンジを使わずに、同じような意味を漢字で表すとすれば何になるでしょうか?正解は「雪辱」です。「せつじょく」と読みますよ。「そんな言葉使いません!」という声が聞こえてきそうです。それもそのはず、世代別に見ると30代以下のカテゴリーでは八割以上がリベンジを使うと答えているのですから。皆さんたちの世代にいたっては、その割合はもっと高いと考えていいでしょう。

 筆者にしてみれば「リベンジっていうのは新語・流行語大賞に選ばれた、最近はやりの言い回しなんだよ」と説明したいところなんですが、「最近」といっても平成11年のことになるのですね。今から19年前…君たちはまだ生まれてもいないじゃないですか!「平成の怪物」と言われたプロ野球選手の松坂大輔投手がデビューしたのがこの年ですよ。勝っても負けても騒がれた松坂投手が、試合後のインタビューで頻繁に口にしたのがこのリベンジだったのです。「リベンジします!」と宣言して、みごと次の試合でプロ初完封勝利をあげたりしていました。当時の新聞記事では、まだリベンジという言葉が聞きなれないカタカナ語として扱われていて、わざわざ日本語訳をつけて紹介されていました。その訳語というのが「復讐」「報復」というものなのです。なんだかおどろおどろしい表現ですよね。でも本来、リベンジというのはそうした意味なのです。これをスポーツの世界、特に試合の勝敗に焦点をしぼって、一度敗れたという悔しさを次に勝利することで晴らす、という意味で使うようになったことが「新語・流行語」に選ばれた理由なのです。この意味でリベンジが浸透してくるにしたがって、新聞記事でも「復讐」ではなく「雪辱」という言葉で説明されるようになりました。

 せっかくですから「雪辱」の使い方も覚えておきましょう。雪辱の「辱」については、難しい漢字ですが訓読みすると「辱(はずかし)められる」となり、意味は「はずかしい思いをさせられる」になります。次に「雪」ですが、これも訓読みすると「雪(そそ)ぐ」となり、意味は「洗い清める」になります。ですから「雪辱」で「恥ずかしい気持ちを拭い去る」という意味合いになるのです。ところで、「雪辱を果たす」と「雪辱を晴らす」、どちらが正しいと思いますか?正解は「雪辱を果たす」です。「晴らす」を使いたければ「屈辱を晴らす」が正しい用法になります。では「雪辱を晴らす」のどこが間違っているのでしょうか。ポイントは「意味の重複」になります。先ほど説明したように「雪辱」の「雪」には「拭い去る」という意味があり、これに「晴らす」という言葉をつなげてしまうと意味が重なってしまうのです。「馬から落馬しました」というように、同じことの繰り返しの表現となってしまい、これは「避けるべき恥ずかしい使い方」と認定されているのですよ。

 さて、テストでリベンジを誓ってくれた教え子君ですが、結果が出て再び宣言してくれました。「この次のテストでは雪辱を果たします!」新しい言い回しを一つ覚えましたね(笑)。とりあえずは一歩前進したと認めましょう。

 

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# 一夜漬け

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「一夜漬け」

 

 時間をかけてじっくりと学習に取り組みなさい!というアドバイスをするかと思ったら「一夜漬け」を取り上げるなんて。あ然とする皆さんの顔…よりも、あきれているご父母の顔が目に浮かびます。テストの前日に暗記するという、あの「一夜漬け」ですよ。今回は堂々と?一夜漬けの勧めを書いてみたいと思います。

 定期テストの前日の夜に「テスト範囲をとにかく覚えまくる!」というイメージで語られてしまう一夜漬けです。どうして前日になるまで何の準備もしてこなかったの!と、ご父母の皆さんが顔をしかめるのは、この点だと思います。計画性がないのがダメなのよ。その場しのぎで切り抜けようとするから、無理が生じるんでしょ。泣きそうになっても自業自得!学習の姿勢としては全く評価できない、といった様子です。では一体どの点に勧められる部分があるというのでしょうか?

 ズバリ「テストの直前に暗記する」という部分です。無限の記憶力を持つわけではない人間ですので、「間違いなく頭に入っている」という状態でテストに臨むためには、まさに直前の暗記が欠かせないからです。「でも、それでは直前まで、何の対策も準備もしなくていいということになってしまいませんか?」いいえ!十分に対策を重ねて、しっかりと準備をした上で、直前に暗記するのです。「え?しっかりと準備していたなら、暗記はいらないんじゃないですか?」違います!準備というのは、一夜漬けができるようになるためにこそ、積み重ねてくるものなのですよ。

 どういうことでしょうか。実体験をもとに解説してみましょう。私の手元には三十年前のルーズリーフファイルがいまだに残っています。そこには「世界史」の論述対策用のメモ書きが記されています。東京大学の二次試験のための対策ノートです。入試問題の過去問や模擬試験・問題集の解説部分をピックアップして書き写したものです。一年をかけて、取り組んだ全ての問題について、書き写してあるのです。今からみても「よくこんなに書いたものだなぁ」と感心するほどですが、世界史にばかり時間をかけていたわけではありませんよ。苦手だった英語や数学はもちろん、得意だと思っていた国語についても、世界史以上に時間を割いて取り組まなくてはなりませんでしたから。それでも、ちょこちょこと書きためてきたノートは、一年間で膨大な量になりました。これを作るために使った時間を一年間分合計すれば、三百時間にもなるのではないかと思います。そしてこれこそ、一夜漬けのために作ったノートなのです。本番のテストのために、前日と当日、このノートを集中して3時間も読み込めば、実に三百時間分の学習効果がある!と思っていました。「百倍ノート」ですね。お守りのような効果も果たしていたのだと思います。ですから、このノートだけはいまだに手元にとってあるのです。

 合否の差はほんのわずかなものです。一夜漬けしたかどうかで、この差が決まる!という意識も重要です。受験生に具体的なアドバイスをするならば、過去問の間違った箇所の解説をノートに書きためておくことをお勧めします。これを直前に読むのですよ。一夜漬けのための準備とはこういう意味なのでした。効果抜群ですよ!

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# スパイラル

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「スパイラル」

 

 スパイラルという言葉、皆さん耳にしたことがあるでしょう。フィギュアスケートが好きな生徒さんなら「アラベスクスパイラル」といった技の名前を知っているのではないでしょうか。また、「デフレスパイラルを断ち切る!」と宣言して景気回復を政策に掲げているのは日本政府ですから、こうした表現がメディアで報道されているのに接したことはあるはずです。では、そもそもスパイラルって何でしょうか?

 スパイラルとは、「螺旋(らせん)」を意味する言葉です。ぐるぐると渦巻状になっている形のことですね。そこから「連鎖的な変動」を意味することにもなります。先ほどのフィギュアスケートの例について説明すると、氷の上をくるくる回るだけではスパイラルとは言えません。片足を氷の上に、もう片方の足を自分の腰よりも高い位置にキープしたまま、曲線を描いて滑っていく。これがスパイラルです。浅田真央選手が、自分の頭よりも高い位置に足を上げて、華麗に氷の上を滑空していくさまを思い浮かべてください。また、政府の経済政策についても一言。デフレスパイラルとは、物価が下落することで企業の収益が悪化し、労働者の賃金が下がり、消費が冷え込んで物が売れなくなる結果、さらに物価が下落し…と連鎖していく経済状況のことです。この「負の連鎖」を断ち切り「デフレからの脱却」を掲げるのがアベノミクスですからね。社会の公民の勉強にもなりますね。

 さて、今回スパイラルをここで取り上げたのは、まったく別の意図からです(笑)。これまでにも何度か登場した「暗記法」についてのテーマになります。教え子君が例によって相談に来ました。どうやったら効果的に暗記ができるのか、という内容です。「覚えなければならない重要事項については、テキストにマーカーで色をぬって目立たせて、頭に焼きつけようとしています。」いいですね!視覚的にうったえているわけですね。確かに効果的ですよ。さらに声に出して読んでみて聴覚的にもうったえると効果抜群です!「でも、結局、覚えられないんですよ…」と、なんだかあきらめ顔の教え子君。「何度も繰り返しているのに、頭に入らないんです。マーカーで引くのは、無駄なんでしょうか?」そこで筆者はたずねます。何箇所マークしたのか数字で把握していますか?「え?どういうことですか。何個マークしたかなんて数えていませんけど。」それでは効果が半減してしまいますよ。何度も繰り返したとしても、同じことを反復しているだけですから。「だって、同じテキストで、マークした同じところを繰り返しているんですから、反復で当たり前なんじゃないですか?」当たり前だと思い込んでしまうと、次のステップへの発展がなくなってしまうのですよ!「それは一体どういうことですか?説明してください!」

 同じところをくるくる回っていてはダメなのです。それではサークル(=円)を描いているだけで、スパイラル(=螺旋)になりません。連鎖的な変動を引き起こすためには、ただ同じことを繰り返していてもダメだということです。一度目のターンで、一つひとつの項目をていねいに確認したら、二度目のターンでは、一度目とは違った次元で確認を行わなくてはならないのです。それが出来て初めてスパイラルになります。

 「具体的にお願いします!」どうにもせっかちな教え子君です。今、覚えようとしているテキストの重要箇所をマークし終わりました。さて、次のステップは?「マークした箇所をあらためて読み直したり、ノートに書き写したりします。」いいですね。それでいいですよ。で、何箇所マークしたのか数えていないんですか?「はい。目で見て、何箇所くらいマークしたのかは、大体把握しているとは思いますが。」それではダメなのです。必ず何箇所マークしたのか、数えてください!少なければ全部でいくつか。多い場合にでも、1ページごとに何箇所あったのか、とにかく数えて下さい。「何のためにですか?」テキストを閉じて、見えないようにしてから、マークした数だけ、全ての重要事項を口にしてみなければならないからです。あるいは、書き出してみなければならないからです。

 一度目のターンで一つひとつの項目をしっかりと確認しました。その作業は、たとえるなら森の中の木を一本ずつ確認していくようなものです。二度目のターンでは「何箇所チェックしたのか数を確認しろ!」と言いました。それはたとえるなら、森の中の木の数を把握して、森全体の様子をチェックするという作業です。「木を見て森を見ず」ということわざがありますが、この全体を見渡すという「手間」をかけてこその、2ターン目なのです。テキストを閉じて、「マークしたのは10箇所だから、今から10個、テキストを見ないで言ってみよう!」という流れでチェックしなくてはならないのです。時間がたってから復習する時にでも、「10個」という数を把握していれば、とにかく10個思い出さなくてはならないことがはっきりとしています。この抽象化が、スパイラルの極意なのですよ!

 

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# 盗人にも三分の理

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「盗人にも三分の理」

 

 「悪事をはたらくにも相応の理屈はある」という意味のことわざになります。泥棒が盗みをするのにも、それなりの理由があるというのです。言いかえれば、どんなことにでも理屈をつけようと思えばつけられるということになります。

 ちなみに「三分」というのはどの程度の割合になるのかお分かりでしょうか?割合を表す言葉として「割」「分」「厘」「毛」という漢字が当てられているのはご存知でしょう。全体を「1」とした場合、「割」=「0.1」「分」=「0.01」という意味になります。野球の打率などで見かける表現ですよね。「イチローの打率が3割7分5厘にまで上がった!」といった具合に使われます。そうすると「三分の理」というのは、全体を1として0.03、パーセントにして3%に過ぎないのでしょうか?

 実は、日常会話では「割」の意味で「分」を使うことも多いのです。例えば次のような表現を考えてみて下さい。「桜が五分咲き」「腹八分」「九分九厘間違いない」。これらは「満開の5%」「満腹の8%」「9.9%は確実」という意味で使われているわけではありませんよね。「半分は咲いている」「満腹には少し足りない」「ほぼ間違いない」という意味ですから。「三分の理」も「30%の理」があるという意味になるのです。

 また、「盗人にも」という言い方には、「誰の目にも明らかな悪人でさえ」というニュアンスが込められています。その盗人ですら、「100%の悪人ではありえない」ということが、ここでは「人間観」「人生観」として表現されているのです。ものごとを一面的に捉えることの危険性を主張しているとも言えます。人間は多面的であり、人生には驚くほど細かい複雑な事情が絡んでいるものだということ。これはある程度人生経験を積んだオトナであれば身にしみて理解している内容です。だからこそ、「オトナの判断」というものは、どんな問題についても軽率にほめたり、けなしたりはしないのです。結論は留保しておき、時間をかけてゆっくりと様子を見ることを優先します。皆さんからすれば「オトナって、ずるい!」ということになりそうですが、これこそが常識的な判断力というものなのです。

 皆さんにとっても、この「結論に直ぐにはとびつかない!」という態度は役に立ちますよ。具体的には国語の読解問題に取り組む際の姿勢として。とりわけ、物語文の登場人物の「心情分析」を行う際には忘れてはならないポイントであると言えるでしょう。物語には主人公を含めて、様々な登場人物が現れます。英語でいうと「キャラクター」ですね。「キャラ」と略して使うことも多いようです。また最近では、グループ内での振舞い方の「役割」を意味する言葉として「キャラ」という表現が使われているというのは、むしろ皆さん方のほうがよくご存知ですね。「まじめキャラ」だとか「へたれキャラ」、「いやしキャラ」などといった用法ですよね。これを論説文風に説明すると「コミュニケーションの場における振舞い方に関する類型的な役割」ということになります。

もちろん「盗人キャラ」なんてものは身近なグループ内にはあってはならない(笑)わけですが、物語文に登場する人物の「類型的な役割」ということについては、読解の際にも注意しなくてはならない内容です。特に、入試問題等で部分的に切り取られた小説の一節から、登場人物の性格の理解や心理状態の把握を求められるという場合には、まさにそこで交わしている会話=コミュニケーションの場における振る舞い方でもって、推測するしかないわけですから。ある程度の類型的な分類に基づく判断は必要でしょう。ただし、あくまでも「ある程度」です。むしろその先の「類型をはみ出る」部分にこそ、人物像を描き出す際の肝があると考えるべきなのです!理不尽な振る舞いを繰り返す「盗人キャラ」が登場した場合を考えてみましょう。物語的に盛り上がる箇所というのは、「盗人キャラ」が見せる、ほんの一部の理にかなった行動であるはずです。まさに「盗人にも三分の理」が描かれているシーンであるわけです。

 まじめだ、と思われている人間でも、100%まじめなだけで人生を過ごしているわけではないということ。へたれだ、と思われている人でも、人生のどんな場面で大胆な行動に出るかはわからないということ。いやし系の人物だと思われていた人が、裏ではとんでもない毒舌の持ち主だったということが発覚したりすること。それが人生なのです。

 ですから、「まじめキャラにも三分の軽薄」「へたれキャラにも三分の勇気」「いやしキャラにも三分の悪意」といったように、100%の「まじめ」「へたれ」「いやし」はありえないという認識で、登場人物の性格把握を行ってくださいね。ポイントは「人間の多面性」と「人生の複雑さ」ですよ。

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# 防衛本能

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「防衛本能」

 

 教え子君のお母様から相談がありました。「ウチの子なんですけれども、できた!できた!って、テストの手応えは報告してくれるのですが、いざ返却された答案を見せてもらうと全然点数がとれていなくて…」。世のお母様方共通のお悩みともいえる怪奇現象ですね(笑)。お母様にしてみれば、「いい加減なことばかり言って、テストのことを真剣に考えていないから、ウソの報告をしても平気で、ごまかしてばかりいる!」と怒りたくなるのでしょうし、教え子君にしてみれば「できた!と思ったから素直にできたって言っているだけで、ウソでもなんでもない!」と、悪気はないし、むしろ自分のことを信用していないのか!と悔しい気持ちにすらなっていることでしょう。まあ、両者の言い分が折り合わないからこそ、私のところに相談に来たのでしょうからね。ここは第三者にお任せくださいませ。

 実際の答案を見せてもらったのですが、お母様の言い分はもちろんですが、教え子君の言い分にも、「そういうことか」と理解できるところがありました。つまり、どちらにも理屈があった上で発言していることが分かったのです。お母様の言い分の方は皆さんにも簡単に理解できますよね。「全然点数がとれていない…」という話ですから、実際に数字になって現れている事実があります。例えばテストの平均点が80点だったとしましょう。それに対して、教え子君の点数が70点だったとしたら、「点数がとれていない」と指摘することは間違っていませんよね。これは分かります。では教え子君の「できた!できた!」という報告は何だったのでしょうか?答案を見せてもらって気づきました。確かにできているのです。でも点数は70点しか取れていません。さてこれは一体どういうことでしょうか?

 教え子君の答案の特徴はこうです。解答を書き込んだ部分はほぼ全問正解なのです!バツになっているところは空欄で提出してしまっています。教え子君にしてみれば「書いたところは全部できている」という意味で、テストの手応えを報告したというだけなのです。それでもお母様は納得されませんよね。「先生!困ります。それはできていないということでしょう!」と、教え子君の理屈を支持しているようにみえる私に対して、お母様の怒りの矛先が向いてきているようです。「これはですね、人間の習性ともいえるので、一概にダメ出しはできないのですよ。いわば防衛本能のようなものでして…」という説明にお母様はさらに困惑されているようです。

 詳しく説明したいと思います。ここでいう「防衛本能」というのは、自分の身を守るためにとる行動様式だという意味で理解しておいて下さい。人間誰しも失敗をおそれます。けれどもミスをしない人間なんて存在しません。それでもノーミスでクリアしたい!という思いはあります。そうするとどうなるのか。ミスをしない唯一の方法があります。それは、チャレンジをしないということです。やってみなければいいのです。「失敗したくない!」という自分を守る気持ちが強くなると、そもそもやってみようとしなくなります。「防衛本能」と表現したのは、そういう意味です。教え子君にしてみれば、「答案を書いても、どうせ間違っているくらいなら、書かないでおこう」という結論に至るわけです。

 「答案を書かないでどうやって得点するんですか!」というお母様の指摘はもっともです。「間違えた答えを書かなかった」というだけで「テストができなかった」という事実は変わりません。私も教え子君に問題がないと言っているわけではありませんからね。安心してくださいませ、お母様。ただ、ちょっと大げさに「防衛本能」と表現したことには訳があります。中学生の頃の特徴として「極端にミスをおそれる」という傾向があるのです。失敗したくないという気持ちが強すぎて、チャレンジを避けてしまう。逃げちゃダメだと分かっていても、ついそうしてしまう。「本能」と表現した意味はそこにあります。

 ですから、それぞれにアドバイスが必要になるのです。先ずはお母様に。思春期のお子様のメンタリティーは不安定です。ゆれる思いを常に抱えています。大人の一般常識で追いつめてしまっては、逆効果になります。お母様の「正論」を伝えたら、あとはできるだけ本人に任せてあげてください。信用してあげてくださいね。そして点数を上げるのは、われわれにお任せください!

 教え子君に対しては、塾の先生だからできる強烈な指摘があります。「これでは合格できない!」というものです。「本番で失敗したくなければ、今のうちにかける恥はかいておけ!」というアドバイスのもと、「練習でこそ全力でミスしろ!」と実践させます。自分に言い訳をしないで自分に足りないところを見つめること。それは成長に欠かせない要素ですからね

 

 

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# 一喜一憂

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「一喜一憂」

 

 「情況が変化するたびに、喜んだり、心配したりすること」を意味する四字熟語になります。「喜」と「憂」と、正反対の気持ちを表す漢字を組合わせることで、感情の大きなブレを表現しています。「喜」は、人間的な感情の代表としてあらわされる「喜怒哀楽」=(喜び・怒り・悲しみ・楽しみ)の筆頭として?登場していますよね。「喜色満面」なんていう四字熟語も押さえておいてください。本当にうれしそうな顔つきを表します。ちなみに七十七歳という長寿を祝うのは「喜寿」と呼ばれます。これはラッキーセブンが並んだから「喜んで」いるのではなく、「喜」の草書体が「七七」に通じているからですよ。

 一方の「憂」ですが、訓読みは「憂(うれ)える」。悪い結果になりはしないかと心配する、という意味です。有名な「杞憂」という故事成語がありますよね。昔、中国の杞という国に住んでいたある男が、「天が崩れ落ちてくるのではないか」と心配しはじめ、食事ものどを通らず、夜も眠れなくなってしまった…というオハナシ。「杞憂」とは、取り越し苦労をすること、無用の心配をすることを意味し、「杞人の憂(うれい)」ともいいます。

 さて「一喜一憂」ですが、用法としての注意点は、「一喜一憂しないように」と、「そうなってはいけない」という意味合いで使われることが多い、ということです。

 受験生にとって、それこそ耳にたこができるほど繰り返し聞かされているだろう「アドバイス」に「模試の結果に一喜一憂しないように」というものがあるでしょう。「結果が良かったからといって浮かれない!気を引き締めろ!間違えた問題は見直したのか!」「結果が悪かったからといって落ち込まない!本番じゃないんだ。事前に弱点が分かってラッキーだと思え!」といった叱咤激励ですね。

 些細なことで心が揺れ動く小心さを表す場合に用いられることが多いことから、「しないように」というアドバイスにつながることになるわけですが、当事者は「些細なこと」だとは思っていないから、「心が揺れ動く」わけですよね。模試の例で言うならば、試験を受けた当事者(君たちのことですね)が、「模試の結果なんて些細なこと!」と笑い飛ばすというのは…それはそれで、「少しは気にしろ!」と塾講師の立場から言いたくもなります。

 オトナの視点としては、君たちに対して、当事者でもない、部外者としての立場でもない、いわば「巻き込まれたもの」としての立場にある人たちへの配慮を身につけてほしいと思いますね。君たちの家族や先生たちの立場ですよ!君たちの模試の結果で、どれほど一喜一憂しているか。「かわりにテストを受けてやれるならどんなに楽か」と思っている人たちがいることを十分に意識して、テストは頑張ってください!えっ、「背負いたくない。重い!」って(笑)。

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# 予知能力

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「予知能力」

 

 「未来におこる出来事を、あらかじめ知ることのできる能力」これが予知能力ですよね。皆さんも「期末テストには何が出題されるのだろう?あ〜ぁ、問題を夢で見ることができたらいいのに〜」なんて思ったことはありませんか?「アベノミクスでこんなに株価が上昇するんだったら、安いときに買っておけばよかった!」と、後の祭りを嘆くオジサンたちも「予知能力でもあればなぁ〜」と、キミたちとかわらない思いを抱いていることでしょう(笑)。このブログでは「将来のことを思い悩んでもしかたがない」というお話をしたこともあります。なぜならば「誰にも未来のことはわからないのだから」という理屈でしたね。すると「予知能力」なんて夢想するだけ時間のむだ!という結論になりそうなのですが…ここで告白してしまいましょう!私、田中が東京大学に合格できたのは、予知能力のおかげであると。

 東京大学文系の入学試験では数学の問題が四つだけ出題されます。たった四問です。一問20点で80点満点のテスト。試験時間は百分。解答用紙のスペースが一問ごとにB4の紙一枚分ずつ。一問につき30分近く時間をかけながら、君たちが使うノートよりも大きな真っ白い解答用紙に、もくもくと答案を書きつけていかなくてはならないのです。

 センター試験の得点を除いた、東大文系二次試験の「合格最低点」は50%台。六割も得点できれば十分に合格できるのです。しかも、あくまで各試験科目の「合計点」での合格ラインの決定になりますので、英語はもちろん国語や社会も得意としていて点数を稼ぐことができるというなら、数学は極端なハナシ0点でも、合格することは可能であるということになります。ただしこれは「皮算用」での話。数学80点中の六割、50点近くを他の得意科目でカバーするなんて芸当は、本当に至難の業になります。

 私も文学部進学者の例にもれず?数学を大の苦手としておりました。実際に東大模試のたぐいでは0点でした…とまでは言いませんが、四問ある中のどの問題も「答えを出せない」という状況が当たり前だったのです。お情けの「部分点」をもらうのが精一杯でした。ですから入試本番前の意気込みは「一問でもいいから解きたい!」というものでした。20点取れれば他の科目でカバーして合格ラインに乗せてみせる!という悲壮な覚悟で臨んだものです。今から四半世紀も前のことになりますけどね。

結果はというと「二問完答・一問半解・一問白紙」という、模擬試験では一度もできなかった「完答」(大問一題を完全に解ききること)を成し遂げたのでした。理由は簡単。予知能力によって準備していた問題が一問、そっくりそのまま出題されたからです!一問完答できたことで気持ちに余裕がうまれ、気楽に取り組んだもう一問も完答してしまい、あわよくばもう一問!と手を出した問題も、途中までの部分点を獲得できる段階まで解き進めることができました。残る一問は、最初に見た瞬間から「これは解けない。捨てる!」という難問でしたから、百分の試験時間で、自分にとって最高の答案を作り上げることができた!という実感がありました。

 東大が入試結果を情報公開するようになる随分前の話ですから、実際に数学で何点取れていたのかは、わかりません。けれども、最初に完答できた数学の一問がなければ、合格することはできなかっただろうと思います。その命運を分けた一問について、予知能力によって準備していたからこそ、解くことのできた問題だった!と言いたいのです。

 皆さんのいぶかしがる表情が目に浮かびます。「まゆつば物だなぁ〜」とね。そりゃ、夢で問題を見たわけではありませんからね。「じゃあ、どこで問題をあらかじめ見ていたの!」って?それは「数学の授業」で習った問題だったのですよ。「なにそれ?予知でもなんでもないじゃない!」という声が聞こえてきそうです。「問題を当てた先生がいるっていうこと?」「その先生に予知能力があるっていうこと?」「入試問題研究をしていた数学の先生が立派だったっていうこと?」まぁ、そうまくしたてないでください。君たちにも当てはまる予知能力の実際について、お話ししましょう。

 皆さんはこれまでに数学の問題を「何問」解いてきましたか?「数え切れない」と言えるのではないでしょうか。数学の授業で扱った問題、参考書や問題集で取り組んだ問題、それこそ星の数ほどの問題をこなしてきているわけですよね。テストには「出題範囲」が存在します。ですからテストとは、必ず「やったことがある問題」が出題されるものなのです。つまり、受験生は「やったこと」を「再現」できればいいだけなのです。

 「そんなこと言ったって、星の数ほどある問題のうち、どれがテストに出るかわからないじゃない!」その通りです。だからこそ、ここに予知能力が必要となるのです。「そんな都合のいいことがあるわけないじゃない!」と思っている皆さん。皆さんにもあるのです!予知能力が!

 「この問題は難しい!いやだなぁ、テストに出たら。」これが「予知」の中身です。皆さんには分かっているんですよ。「この問題が出題される!」っていうことが。「出たらいやだなぁ」は「テストに出る!」という予知能力が働いている証拠です(笑)。このことに気づいたら「勝ち」なんです。あとは再現できるまで覚えてしまうだけなんですから!だまされたと思ってやってみてください。「いやだ、と感じたら、これこそがテストに出る!と思い直して、本気で取り組む」この積み重ねが習慣となり、合格を呼び込むのです!皆さんもこの「勝ち」パターンを習慣化してくださいね。桁違いの結果が待っていることになりますから。

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# ボキャブラリー

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 「ボキャブラリー」

 

 「語彙力」を意味する英語ですね。そもそも「語彙力」の意味が難しいですか?「ごいりょく」と読みます。「語彙」とは辞書的には「語の総体」という説明がなされますが、余計意味が分かりにくいですよね(笑)。「言葉の使い方、表現」という理解で構いません。具体的には「用語集」というニュアンスですけどね。「何々についての語彙」という意味で「何々の用語集」となるわけです。「ボキャブラリーが貧困で」という言い回しを耳にしたこともあるでしょう。「ボキャ貧」と略されることもあるようです。「私はボキャ貧で…」と言った場合には、謙遜の場合もあるでしょうが、多くは「言葉を知らない」というギブアップ宣言です。皆さん方受験生は決して「ボキャ貧」を認めないでくださいね!

 分かりきったことのようですが、いまだに頓珍漢なことを質問に来る生徒がいるものですから、あえて取り上げてみました。その生徒いわく「入試国語での漢字の配点なんて、わずかなものですから、漢字の練習に時間をかけるより、読解に力を注いだほうがいいですよね?」明らかに、漢字を勉強していない、という言い訳の後押しをしてもらいたくて、質問に来ているわけです。私のところに来たのが運のツキで(笑)、とどめを刺すように告げるのでした。「漢字、とりわけ熟語が書けなきゃ、話にならない!」と。「漢字の配点は低い」などと知ったような口をきく生徒には、容赦しません。「入試本番で漢字一問が答えられなかった時の精神的なダメージをお前は知らない!」と、たたみかけます。読解問題と違って、「出来たか、出来なかったか」が、その場でハッキリと分かる漢字問題です。入試本番の真っ最中に「出来なかった」という後悔を引きずりながら、他の読解問題なんか、まともな神経で解けるわけがないだろう!と脅します。点数以上に、精神面での「安定剤」としても、漢字問題での得点は極めて重要なのです。逆に、落とした場合の「不安感」は計り知れない、と知るべきです。

 ここまで言えば、「間違っていました、ごめんなさい」となるものですが、それでも「たかが漢字」と、高をくくっている生徒も多いのではないか?と思います。国語の答案の質を決める最大の要素こそ「ボキャブラリー」だと知るべきです。漢字熟語を使いこなして、はじめて答案は書けるものなのです。私が実際に東大入試で使った「熟語」を紹介してみましょう。「異なる場へ重層的に参加を繰り返しながら、他者と関わり、自らの世界を広げ、より多様な人々と呼応して学んでいく」という姿勢を表現したい場合に、なんと言えばいいのか?これを「学びの交響」という一言でまとめることができるのですよ。単純な私は、この「交響」という熟語を思いついた時点で、「受かった!」と思ったくらいです。語彙力が答案のレベルを決定づけるのです。ことほどさように、ボキャブラリーは重要なんですよ!

 

 

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# 三日坊主

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「三日坊主」

 

 皆さん!夏休みですね!…なんて、「休み」であることを強調したりすると、「何のんきなことを言っているの!塾は休みじゃないって!」と、夏期講習に通っている皆さんには、速攻でツッコミを入れられそうですが…もちろん皆さんが頑張っていることは承知していますよ。なにも、皆さん!ヒマですね!と、挑発しようと思っているのではありませんからね。それでもあえて「夏休み」と声に出してみたのは、「学校が休みだ!」ということを言いたかったのですよ、単純に。普段であれば、朝から夕方まで学校に通っているワケですから、どうしても自分の自由になる時間が足りないことでしょう。「時間さえあれば、アレもコレも挑戦してみたいのに!」と思い描いていたことがあるのではないですか?夏休みの魅力は、なんといってもこの自由な時間だと思いますからね。

さて、実際に学校が休みになって数週間が過ぎようとしていますが、皆さんいかがですか?暑さのせいもあるでしょうが、集中できずにいて、思ったことをやり切れずに終わってしまった日はありませんでしたか?夏休みの初めに掲げた壮大な目標(「英語を究めるぞ!」「数学を無敵にするぞ!」などなど)に向けて、「必ずやり遂げてみせる!」と、スタートさせたのは良かったのですが…あれ?あれ?続かない…。結局「三日坊主」で終了してしまった計画=未完のプロジェクトはありませんか?そこで取り上げてみたのが今回の四字熟語、「三日坊主」です。意味は皆さんご存知でしょう。「あきっぽくて、長続きがしないこと」ですよね。ではなぜ「三日」なのでしょうか?そしてなぜまた「坊主」なのでしょうか?順に考えてみましょう。

 まずは「坊主」から。昔は、人づき合いでトラブルをおこしたり、生活が苦しくなったりすると、お寺に逃げ込んでお坊さんになろうとすることがありました。お坊さんになることを「出家(しゅっけ)」といいますが、これは俗世間から離れたお寺の世界に入ることで、これまでの「家」を中心とした人間関係を断ち切ることを意味しました。世間のしがらみから逃れることを目的として、また、お寺に入れば最低限の食事は与えられて食べ物にだけは困らなくてすむことからも、そうした「にわか坊主」になろうという人が結構いたらしいのです。しかし、そんな心根でにわか坊主になっても、僧侶としての修業というのは朝早くからのお勤めにはじまり、規則正しい生活をおくらねばならず、また食事も粗食です。つい、衝動的に頭を丸めてお坊さんを志した人でもその実態にふれると並大抵の心構えではとても長続きしません。こういう人は三日もたたないうちに音をあげて俗界にもどってしまうのが常です。そこから「三日坊主」という言葉が生まれたということです。ちなみに「お坊さんが僧籍をはなれて俗人にかえる」という意味をあらわす熟語もありますよ。「還俗(げんぞく)」と言いますからね。「出家」と「還俗」は、セットで覚えていてください。古典の知識では重要事項なんですよ。

 次に「三日」についてですが、皆さん「三日は三日間という意味でしょ。他に何かあるとでも?」というカンジでしょうか。でもそこを一緒に踏み込んで考えてみましょうよ。「あっという間に」という意味で「三日」という言葉が使われることがあります。たとえば「三日見ぬ間の桜」ということわざがありますが、これは「世の中の移り変わりが激しいことのたとえ」として使われ、世の中は三日見ないうちに散ってしまう桜の花のようなものだ、という文字通りの意味です。また「三日天下」という四字熟語もご存知でしょうか。権力を握っている期間が、きわめて短いことを表します。戦国時代、明智光秀が本能寺で織田信長を討って天下をとりましたが、十数日で豊臣秀吉に討たれてしまったという史実によります。でも、短い期間を表すだけなら、二日でも、一日でもいいとは思いませんか?「一日天下」でよさそうなものでしょう?「たった一日」の方が、あっという間という気がしますから。ところがそれだと「本当に天下をとったのか?」という疑問符がついてしまうのです。とすると、「三日間は頑張った」ということが大事な意味を持つことになるのですね。そう、三日というのは実は長いのです!桜も、三日間という長い間は咲いていない、という意味になるのです。

 ですから「三日坊主」についても、朝・昼・晩の僧侶の生活を三回繰り返すことで、自分に出来るか出来ないかを判断した結果、というふうに考えてみてください。何でも三回経験すると、ものごとが見えてくるものなのです。「石の上にも三年」ということわざにしても、何か新しいことをはじめて春夏秋冬の季節が三回めぐる間に、おのずと分かることがあるということでしょう。皆さんも、「三日坊主」で終わってしまった…と未完のプロジェクトを嘆く前に、「本当に三日間、集中して取組むことができたのか?」を反省してみてください。多くの場合、三日間も続いていませんから。もう一度言います。三日というのは実は長いのです。ぜひ、夏休み中に「三日」続けて何かをやり遂げてください。それだけでも大きな成果が得られるでしょう!

 

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