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# 三日坊主

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「三日坊主」

 

 皆さん!夏休みですね!…なんて、「休み」であることを強調したりすると、「何のんきなことを言っているの!塾は休みじゃないって!」と、夏期講習に通っている皆さんには、速攻でツッコミを入れられそうですが…もちろん皆さんが頑張っていることは承知していますよ。なにも、皆さん!ヒマですね!と、挑発しようと思っているのではありませんからね。それでもあえて「夏休み」と声に出してみたのは、「学校が休みだ!」ということを言いたかったのですよ、単純に。普段であれば、朝から夕方まで学校に通っているワケですから、どうしても自分の自由になる時間が足りないことでしょう。「時間さえあれば、アレもコレも挑戦してみたいのに!」と思い描いていたことがあるのではないですか?夏休みの魅力は、なんといってもこの自由な時間だと思いますからね。

さて、実際に学校が休みになって数週間が過ぎようとしていますが、皆さんいかがですか?暑さのせいもあるでしょうが、集中できずにいて、思ったことをやり切れずに終わってしまった日はありませんでしたか?夏休みの初めに掲げた壮大な目標(「英語を究めるぞ!」「数学を無敵にするぞ!」などなど)に向けて、「必ずやり遂げてみせる!」と、スタートさせたのは良かったのですが…あれ?あれ?続かない…。結局「三日坊主」で終了してしまった計画=未完のプロジェクトはありませんか?そこで取り上げてみたのが今回の四字熟語、「三日坊主」です。意味は皆さんご存知でしょう。「あきっぽくて、長続きがしないこと」ですよね。ではなぜ「三日」なのでしょうか?そしてなぜまた「坊主」なのでしょうか?順に考えてみましょう。

 まずは「坊主」から。昔は、人づき合いでトラブルをおこしたり、生活が苦しくなったりすると、お寺に逃げ込んでお坊さんになろうとすることがありました。お坊さんになることを「出家(しゅっけ)」といいますが、これは俗世間から離れたお寺の世界に入ることで、これまでの「家」を中心とした人間関係を断ち切ることを意味しました。世間のしがらみから逃れることを目的として、また、お寺に入れば最低限の食事は与えられて食べ物にだけは困らなくてすむことからも、そうした「にわか坊主」になろうという人が結構いたらしいのです。しかし、そんな心根でにわか坊主になっても、僧侶としての修業というのは朝早くからのお勤めにはじまり、規則正しい生活をおくらねばならず、また食事も粗食です。つい、衝動的に頭を丸めてお坊さんを志した人でもその実態にふれると並大抵の心構えではとても長続きしません。こういう人は三日もたたないうちに音をあげて俗界にもどってしまうのが常です。そこから「三日坊主」という言葉が生まれたということです。ちなみに「お坊さんが僧籍をはなれて俗人にかえる」という意味をあらわす熟語もありますよ。「還俗(げんぞく)」と言いますからね。「出家」と「還俗」は、セットで覚えていてください。古典の知識では重要事項なんですよ。

 次に「三日」についてですが、皆さん「三日は三日間という意味でしょ。他に何かあるとでも?」というカンジでしょうか。でもそこを一緒に踏み込んで考えてみましょうよ。「あっという間に」という意味で「三日」という言葉が使われることがあります。たとえば「三日見ぬ間の桜」ということわざがありますが、これは「世の中の移り変わりが激しいことのたとえ」として使われ、世の中は三日見ないうちに散ってしまう桜の花のようなものだ、という文字通りの意味です。また「三日天下」という四字熟語もご存知でしょうか。権力を握っている期間が、きわめて短いことを表します。戦国時代、明智光秀が本能寺で織田信長を討って天下をとりましたが、十数日で豊臣秀吉に討たれてしまったという史実によります。でも、短い期間を表すだけなら、二日でも、一日でもいいとは思いませんか?「一日天下」でよさそうなものでしょう?「たった一日」の方が、あっという間という気がしますから。ところがそれだと「本当に天下をとったのか?」という疑問符がついてしまうのです。とすると、「三日間は頑張った」ということが大事な意味を持つことになるのですね。そう、三日というのは実は長いのです!桜も、三日間という長い間は咲いていない、という意味になるのです。

 ですから「三日坊主」についても、朝・昼・晩の僧侶の生活を三回繰り返すことで、自分に出来るか出来ないかを判断した結果、というふうに考えてみてください。何でも三回経験すると、ものごとが見えてくるものなのです。「石の上にも三年」ということわざにしても、何か新しいことをはじめて春夏秋冬の季節が三回めぐる間に、おのずと分かることがあるということでしょう。皆さんも、「三日坊主」で終わってしまった…と未完のプロジェクトを嘆く前に、「本当に三日間、集中して取組むことができたのか?」を反省してみてください。多くの場合、三日間も続いていませんから。もう一度言います。三日というのは実は長いのです。ぜひ、夏休み中に「三日」続けて何かをやり遂げてください。それだけでも大きな成果が得られるでしょう!

 

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