文の会ブログ

「本郷東大 文の会(ふみのかい)」のブログです!
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# 予知能力

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「予知能力」

 

 「未来におこる出来事を、あらかじめ知ることのできる能力」これが予知能力ですよね。皆さんも「期末テストには何が出題されるのだろう?あ〜ぁ、問題を夢で見ることができたらいいのに〜」なんて思ったことはありませんか?「アベノミクスでこんなに株価が上昇するんだったら、安いときに買っておけばよかった!」と、後の祭りを嘆くオジサンたちも「予知能力でもあればなぁ〜」と、キミたちとかわらない思いを抱いていることでしょう(笑)。このブログでは「将来のことを思い悩んでもしかたがない」というお話をしたこともあります。なぜならば「誰にも未来のことはわからないのだから」という理屈でしたね。すると「予知能力」なんて夢想するだけ時間のむだ!という結論になりそうなのですが…ここで告白してしまいましょう!私、田中が東京大学に合格できたのは、予知能力のおかげであると。

 東京大学文系の入学試験では数学の問題が四つだけ出題されます。たった四問です。一問20点で80点満点のテスト。試験時間は百分。解答用紙のスペースが一問ごとにB4の紙一枚分ずつ。一問につき30分近く時間をかけながら、君たちが使うノートよりも大きな真っ白い解答用紙に、もくもくと答案を書きつけていかなくてはならないのです。

 センター試験の得点を除いた、東大文系二次試験の「合格最低点」は50%台。六割も得点できれば十分に合格できるのです。しかも、あくまで各試験科目の「合計点」での合格ラインの決定になりますので、英語はもちろん国語や社会も得意としていて点数を稼ぐことができるというなら、数学は極端なハナシ0点でも、合格することは可能であるということになります。ただしこれは「皮算用」での話。数学80点中の六割、50点近くを他の得意科目でカバーするなんて芸当は、本当に至難の業になります。

 私も文学部進学者の例にもれず?数学を大の苦手としておりました。実際に東大模試のたぐいでは0点でした…とまでは言いませんが、四問ある中のどの問題も「答えを出せない」という状況が当たり前だったのです。お情けの「部分点」をもらうのが精一杯でした。ですから入試本番前の意気込みは「一問でもいいから解きたい!」というものでした。20点取れれば他の科目でカバーして合格ラインに乗せてみせる!という悲壮な覚悟で臨んだものです。今から四半世紀も前のことになりますけどね。

結果はというと「二問完答・一問半解・一問白紙」という、模擬試験では一度もできなかった「完答」(大問一題を完全に解ききること)を成し遂げたのでした。理由は簡単。予知能力によって準備していた問題が一問、そっくりそのまま出題されたからです!一問完答できたことで気持ちに余裕がうまれ、気楽に取り組んだもう一問も完答してしまい、あわよくばもう一問!と手を出した問題も、途中までの部分点を獲得できる段階まで解き進めることができました。残る一問は、最初に見た瞬間から「これは解けない。捨てる!」という難問でしたから、百分の試験時間で、自分にとって最高の答案を作り上げることができた!という実感がありました。

 東大が入試結果を情報公開するようになる随分前の話ですから、実際に数学で何点取れていたのかは、わかりません。けれども、最初に完答できた数学の一問がなければ、合格することはできなかっただろうと思います。その命運を分けた一問について、予知能力によって準備していたからこそ、解くことのできた問題だった!と言いたいのです。

 皆さんのいぶかしがる表情が目に浮かびます。「まゆつば物だなぁ〜」とね。そりゃ、夢で問題を見たわけではありませんからね。「じゃあ、どこで問題をあらかじめ見ていたの!」って?それは「数学の授業」で習った問題だったのですよ。「なにそれ?予知でもなんでもないじゃない!」という声が聞こえてきそうです。「問題を当てた先生がいるっていうこと?」「その先生に予知能力があるっていうこと?」「入試問題研究をしていた数学の先生が立派だったっていうこと?」まぁ、そうまくしたてないでください。君たちにも当てはまる予知能力の実際について、お話ししましょう。

 皆さんはこれまでに数学の問題を「何問」解いてきましたか?「数え切れない」と言えるのではないでしょうか。数学の授業で扱った問題、参考書や問題集で取り組んだ問題、それこそ星の数ほどの問題をこなしてきているわけですよね。テストには「出題範囲」が存在します。ですからテストとは、必ず「やったことがある問題」が出題されるものなのです。つまり、受験生は「やったこと」を「再現」できればいいだけなのです。

 「そんなこと言ったって、星の数ほどある問題のうち、どれがテストに出るかわからないじゃない!」その通りです。だからこそ、ここに予知能力が必要となるのです。「そんな都合のいいことがあるわけないじゃない!」と思っている皆さん。皆さんにもあるのです!予知能力が!

 「この問題は難しい!いやだなぁ、テストに出たら。」これが「予知」の中身です。皆さんには分かっているんですよ。「この問題が出題される!」っていうことが。「出たらいやだなぁ」は「テストに出る!」という予知能力が働いている証拠です(笑)。このことに気づいたら「勝ち」なんです。あとは再現できるまで覚えてしまうだけなんですから!だまされたと思ってやってみてください。「いやだ、と感じたら、これこそがテストに出る!と思い直して、本気で取り組む」この積み重ねが習慣となり、合格を呼び込むのです!皆さんもこの「勝ち」パターンを習慣化してくださいね。桁違いの結果が待っていることになりますから。

| comments(0) | trackbacks(0) | 19:08 | category: つれづれ |
# ボキャブラリー

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 「ボキャブラリー」

 

 「語彙力」を意味する英語ですね。そもそも「語彙力」の意味が難しいですか?「ごいりょく」と読みます。「語彙」とは辞書的には「語の総体」という説明がなされますが、余計意味が分かりにくいですよね(笑)。「言葉の使い方、表現」という理解で構いません。具体的には「用語集」というニュアンスですけどね。「何々についての語彙」という意味で「何々の用語集」となるわけです。「ボキャブラリーが貧困で」という言い回しを耳にしたこともあるでしょう。「ボキャ貧」と略されることもあるようです。「私はボキャ貧で…」と言った場合には、謙遜の場合もあるでしょうが、多くは「言葉を知らない」というギブアップ宣言です。皆さん方受験生は決して「ボキャ貧」を認めないでくださいね!

 分かりきったことのようですが、いまだに頓珍漢なことを質問に来る生徒がいるものですから、あえて取り上げてみました。その生徒いわく「入試国語での漢字の配点なんて、わずかなものですから、漢字の練習に時間をかけるより、読解に力を注いだほうがいいですよね?」明らかに、漢字を勉強していない、という言い訳の後押しをしてもらいたくて、質問に来ているわけです。私のところに来たのが運のツキで(笑)、とどめを刺すように告げるのでした。「漢字、とりわけ熟語が書けなきゃ、話にならない!」と。「漢字の配点は低い」などと知ったような口をきく生徒には、容赦しません。「入試本番で漢字一問が答えられなかった時の精神的なダメージをお前は知らない!」と、たたみかけます。読解問題と違って、「出来たか、出来なかったか」が、その場でハッキリと分かる漢字問題です。入試本番の真っ最中に「出来なかった」という後悔を引きずりながら、他の読解問題なんか、まともな神経で解けるわけがないだろう!と脅します。点数以上に、精神面での「安定剤」としても、漢字問題での得点は極めて重要なのです。逆に、落とした場合の「不安感」は計り知れない、と知るべきです。

 ここまで言えば、「間違っていました、ごめんなさい」となるものですが、それでも「たかが漢字」と、高をくくっている生徒も多いのではないか?と思います。国語の答案の質を決める最大の要素こそ「ボキャブラリー」だと知るべきです。漢字熟語を使いこなして、はじめて答案は書けるものなのです。私が実際に東大入試で使った「熟語」を紹介してみましょう。「異なる場へ重層的に参加を繰り返しながら、他者と関わり、自らの世界を広げ、より多様な人々と呼応して学んでいく」という姿勢を表現したい場合に、なんと言えばいいのか?これを「学びの交響」という一言でまとめることができるのですよ。単純な私は、この「交響」という熟語を思いついた時点で、「受かった!」と思ったくらいです。語彙力が答案のレベルを決定づけるのです。ことほどさように、ボキャブラリーは重要なんですよ!

 

 

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# 三日坊主

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「三日坊主」

 

 皆さん!夏休みですね!…なんて、「休み」であることを強調したりすると、「何のんきなことを言っているの!塾は休みじゃないって!」と、夏期講習に通っている皆さんには、速攻でツッコミを入れられそうですが…もちろん皆さんが頑張っていることは承知していますよ。なにも、皆さん!ヒマですね!と、挑発しようと思っているのではありませんからね。それでもあえて「夏休み」と声に出してみたのは、「学校が休みだ!」ということを言いたかったのですよ、単純に。普段であれば、朝から夕方まで学校に通っているワケですから、どうしても自分の自由になる時間が足りないことでしょう。「時間さえあれば、アレもコレも挑戦してみたいのに!」と思い描いていたことがあるのではないですか?夏休みの魅力は、なんといってもこの自由な時間だと思いますからね。

さて、実際に学校が休みになって数週間が過ぎようとしていますが、皆さんいかがですか?暑さのせいもあるでしょうが、集中できずにいて、思ったことをやり切れずに終わってしまった日はありませんでしたか?夏休みの初めに掲げた壮大な目標(「英語を究めるぞ!」「数学を無敵にするぞ!」などなど)に向けて、「必ずやり遂げてみせる!」と、スタートさせたのは良かったのですが…あれ?あれ?続かない…。結局「三日坊主」で終了してしまった計画=未完のプロジェクトはありませんか?そこで取り上げてみたのが今回の四字熟語、「三日坊主」です。意味は皆さんご存知でしょう。「あきっぽくて、長続きがしないこと」ですよね。ではなぜ「三日」なのでしょうか?そしてなぜまた「坊主」なのでしょうか?順に考えてみましょう。

 まずは「坊主」から。昔は、人づき合いでトラブルをおこしたり、生活が苦しくなったりすると、お寺に逃げ込んでお坊さんになろうとすることがありました。お坊さんになることを「出家(しゅっけ)」といいますが、これは俗世間から離れたお寺の世界に入ることで、これまでの「家」を中心とした人間関係を断ち切ることを意味しました。世間のしがらみから逃れることを目的として、また、お寺に入れば最低限の食事は与えられて食べ物にだけは困らなくてすむことからも、そうした「にわか坊主」になろうという人が結構いたらしいのです。しかし、そんな心根でにわか坊主になっても、僧侶としての修業というのは朝早くからのお勤めにはじまり、規則正しい生活をおくらねばならず、また食事も粗食です。つい、衝動的に頭を丸めてお坊さんを志した人でもその実態にふれると並大抵の心構えではとても長続きしません。こういう人は三日もたたないうちに音をあげて俗界にもどってしまうのが常です。そこから「三日坊主」という言葉が生まれたということです。ちなみに「お坊さんが僧籍をはなれて俗人にかえる」という意味をあらわす熟語もありますよ。「還俗(げんぞく)」と言いますからね。「出家」と「還俗」は、セットで覚えていてください。古典の知識では重要事項なんですよ。

 次に「三日」についてですが、皆さん「三日は三日間という意味でしょ。他に何かあるとでも?」というカンジでしょうか。でもそこを一緒に踏み込んで考えてみましょうよ。「あっという間に」という意味で「三日」という言葉が使われることがあります。たとえば「三日見ぬ間の桜」ということわざがありますが、これは「世の中の移り変わりが激しいことのたとえ」として使われ、世の中は三日見ないうちに散ってしまう桜の花のようなものだ、という文字通りの意味です。また「三日天下」という四字熟語もご存知でしょうか。権力を握っている期間が、きわめて短いことを表します。戦国時代、明智光秀が本能寺で織田信長を討って天下をとりましたが、十数日で豊臣秀吉に討たれてしまったという史実によります。でも、短い期間を表すだけなら、二日でも、一日でもいいとは思いませんか?「一日天下」でよさそうなものでしょう?「たった一日」の方が、あっという間という気がしますから。ところがそれだと「本当に天下をとったのか?」という疑問符がついてしまうのです。とすると、「三日間は頑張った」ということが大事な意味を持つことになるのですね。そう、三日というのは実は長いのです!桜も、三日間という長い間は咲いていない、という意味になるのです。

 ですから「三日坊主」についても、朝・昼・晩の僧侶の生活を三回繰り返すことで、自分に出来るか出来ないかを判断した結果、というふうに考えてみてください。何でも三回経験すると、ものごとが見えてくるものなのです。「石の上にも三年」ということわざにしても、何か新しいことをはじめて春夏秋冬の季節が三回めぐる間に、おのずと分かることがあるということでしょう。皆さんも、「三日坊主」で終わってしまった…と未完のプロジェクトを嘆く前に、「本当に三日間、集中して取組むことができたのか?」を反省してみてください。多くの場合、三日間も続いていませんから。もう一度言います。三日というのは実は長いのです。ぜひ、夏休み中に「三日」続けて何かをやり遂げてください。それだけでも大きな成果が得られるでしょう!

 

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# 依怙贔屓

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「依怙贔屓(えこひいき)」

 

 教え子から、「えこひいき」って「環境に優しい」って意味ですか?と質問されたときには、「うまいこと言うね、座布団一枚!」と返そうかと思ったのですが…どうも質問した本人は真面目に「エコ」+「ひいき」だと思っていた様子でした。漢字で書くと「依怙贔屓」となりますので、その意味はお分かりでしょう…って難しいですよね(笑)。意味のほうがよく知られています。「自分の気に入っている者や、関係のある者だけの肩をもつこと」という内容ですよね。「あの先生は怖いけれども、えこひいきだけはしないから、生徒から信頼されている」なんていう使い方で、おなじみですよね。

 「依怙」という言葉は、もともとは仏教用語で「神仏におすがりすること」という意味なのですが…ここではその本来の意味は薄れています。では、どのように理解すればいいのでしょう?「依怙地(えこじ・いこじ)になる」という慣用表現から想像がつくのではないでしょうか。「かたくなに意地を張ること。我を張ること」、という意味ですから、「依怙」には「自分だけの」というニュアンスがありそうだと気づいてくださいね。

 では教え子が言った「エコ」とは、どういう意味でしょうか?「エコロジー(ecology)」の略語ですよね。本来は生態系の構造と機能を明らかにしようとする「生態学」という意味です。そこから、「生活環境保護」や「自然保護運動」も指すことになりました。

 ですから本当に「エコひいき」なる言葉は存在するのです。環境省がモデル事業として地方自治体や企業と協力して様々な取り組みを行っているのですが、たとえば「エコひいきカード」の発行という事業があります。地域内の商店、飲食店、ホテル、公共交通機関等で省エネ商品・サービスの購入・利用または省エネ行動をすることによりポイントがたまるというシステムです。満点まで集めると、500円の金券として商品の購入ができるものです。教え子の感覚も、環境省レベルということでしょうか。それとも、環境省のレベルが…いえいえ、広く市民の理解を得るためのネーミングの工夫であると、考えましょう。オトナの理解ですね(笑)。

 

 

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# マイペース

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「マイペース」

 

 マイ=「自分の」、ペース=「進度」、を組み合わせた「和製英語」ですね。なんとなく昭和の香りのする?言い回しになります。「他人に左右されず、自らのやり方・進度を崩さない性格の人」を指す場合にも使われますが、「あなたはマイペースな人ですね」と言った場合には、多くは批判的なニュアンスが込められています。「あなたはジコチューですね」と、ほぼ同じ意味になるでしょう。

 でも、三日坊主で終わりたくないならば、このマイペースで進むことがとても重要になってくるのです。「自分にあった一定のペースを守ること」。習慣を長く継続していくための基本条件になります。

 では「マイペースで勉強すること」の意味を考えてみましょう。皆さんの多くは「私は一日に二時間、英語の勉強を続ける」「僕は頑張って一日に三時間、英語を勉強する」といったように、「毎日何時間勉強するのか」ということを決めて、そのペースを守って勉強しなくてはならない!と考えているのではないでしょうか。もちろん継続して勉強時間を確保することは重要です。ところがそれ以上に「一時間にどれくらいの量の勉強をするのか」という点を決めることが大事なのです!

 「やれるだけやってどんどん進めて、一時間当たりの勉強量は多い方がいいのではないでしょうか?」と考える生徒さんもいることでしょう。ところが、人間には身体的にも精神的にも自分にあったペースというものがあって、それより速くても遅くてもエネルギーを余計に消費してしまうそうです。たとえばそれは「歩く速度」や「会話のテンポ」などにも表れてきて、その速さはその人らしさの個性でもあり、個人特有のものといえるそうです。ですから、一時間にテキスト何ページ分を勉強するのが自分のペースなのかをしっかりと見極めることが大切になるのです。これこそが本当の「マイペース」です。自分のペースを守りながら学習を続けていくことを重視してくださいね!

 

 

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# 試行錯誤

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「試行錯誤」

 

 「しこうさくご」と読みます。「課題が困難なとき、何回もやってみて、失敗を重ねながらもだんだんと目的にせまっていくという仕方」を意味する四字熟語です。「試行錯誤を重ねる」という慣用表現でよく使用されます。

 教え子を多数東大に送り込んだという実績から、「どうすれば東大に合格しますか?」という質問を受けることが多いのですが、特に「東大に合格した教え子さんは、小中学生の時にどんな勉強をしていたのですか?」という問いかけに集中します。私が接している生徒の多くが、小中学生だからです。ですから、「どんな参考書や問題集を使えば東大合格に近づきますか?」という質問にも、もちろん答えられますけれども、それは高校生になってからで十分であって、ましてや「中学生の時にこの問題集を使わなければ、東大合格は難しい…」なんてことは全くありません。では特に中学生の時期に、いったい何をするべきなんでしょうか?その答えが「試行錯誤を重ねること」になるのです。

 自分でやり方を考え、工夫し、うまくいかないときには反省して修正する。これこそが中学生に求められる勉強法なのです。中間テストや期末テストは、そのためのチャンスです。こういうと「テストがうまくいかないのは困ります!」と、君たちは言うかもしれません。でも失敗してもいいのです。むしろ中学生の時期に失敗をたくさん経験することが大事なのです。「失敗させない教育」というのは、生徒に困難を乗り越える訓練をさせないのと同じである!と、最近では文部科学省でもそう考えているのですよ。

 「青少年の成長過程にあっては、効率を追求して間違いや失敗のない必要最小限の経験を大人が選んで青少年に行わせることが必ずしも最善とは言えない。青少年自身が多様な体験を通じて試行錯誤する中で成長実感を得るとともにつまずきを乗り越える自信と力量を養い、経験知を獲得し、主体性をはぐくむことが必要である。」

 これが現在の中教審の見解です。ですから、皆さんも堂々と、中間テストや期末テストで失敗してください(笑)。文科省のいう「経験知」とは、文字通り「経験」を通してしか身につけられない技能や体感などのことです。失敗や苦労を重ねつつそれを乗り越え、挑戦を繰り返すなかでしか体得できないことがあるのです。そして、このような試行錯誤を通じて「自分にもできたのだ、がんばればできるのだ」と、成長を実感するのです。この「自分はやればできる」という感覚が大切なのです。これこそが、東大合格生が共通して身につけている自尊感情なのですから。

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# 馬耳東風

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「馬耳東風」

 

 「テストの直前だというのに、一向に勉強に集中しなくて困っています。どうすればよいでしょうか?」ある中学二年生の息子さんをお持ちのお母様から、悲鳴にも似た訴えが寄せられました。「やらなくちゃいけないとわかっていることなのに、どうして手をつけてくれないのでしょうか?理解に苦しみます。」「どうして最初から『そんなの無理だ』なんて、あきらめたようなことを口にするのでしょうか?プライドが感じられません。」お母様の気持ちは痛いほどわかります。そうですよね。何を言っても聞く耳を持たない。まさに「馬耳東風」という体たらく…。「人の意見や批評を全く気にかけないで聞き流すこと」これが、馬耳東風の意味になります。

 お母さんの意見が「真っ当」であればあるほど、当のお子さんにはその言葉が届かなくなってしまう…そんな事態が引き起こされてしまうのはなぜなのでしょうか?それは、よく言われるように「馬を川まで引っ張っていくのは簡単だが、そこで水を飲ませるのは難しい」ということでもあります。つまり、本人がその気にならない限り、物事は何も始まらないということです。「勉強に集中して取り組むつもりのない者を、その気にさせるのは、大変難しいのです」と、先に結論を告げてしまうとこうなります。

 「そんな身もふたもないことをおっしゃらないで下さい…」と涙ぐむお母様を、見捨てるつもりは毛頭ありません。しかしながら、ここで気づかなくてはならない重要な視点があります。それは、我われ「親御さんサイド」から見て「何て困った生徒なんだ!」と思えたとしても、現実問題として、当の本人が決して困っているワケではない!ということなのです。いくら「勉強しないと大変なことになってしまうよ!」と説明したところで、「そうなるかもしれないね」というように、「可能性があるに過ぎない」というかたちで聞き流されてしまいます。まさに「馬耳東風」の真骨頂(笑)です。では一体どうすればいいのでしょうか?

 こう考えてあげてください。本当にこの生徒たちは「勉強したくない」のでしょうか、と。口ではなんと言おうとも、「まじめに勉強に取り組んだほうが本当は良いのだろう」という意識は彼らにあるのです。そのことを疑っては「かわいそう」というものです、ホント。お母様、信じてあげてください。「それでは、どうして実行に移してくれないのでしょうか?」と、お母様の悩みは深まります。それはですね、実行を妨げる様々な要素があるのですよ、これがまた。まずは「面倒くささ」。いつかやるから、今やらなくてもいいだろうというわけです。そして、あれこれ自分のことをうるさく言われる「うっとうしさ」。気難しい年頃ですから。また、勉強以外に色々とやらなくてはならないことがあると主張する「忙しさ」もあるのですよ!本人にとってはね。ですから、それを無理やり打ち破るがごとく「言い訳しないで勉強しなさい(怒)」と突っ込んだとしても、生徒たちははね返してしまいますよ。では、どうすればよいのか?全く逆を心がけてください。

 「勉強することは、面倒くさくも、うっとうしくもないんだよ。忙しい時間を削られることもないからね!」と、<北風>ではなく<太陽>のアプローチをすることなのです。「そんな甘いことを…」と言うなかれ。相手は「勉強するつもりのない」ツワモノなのですよ(笑)。とにかくほんの少しでも「勉強する」という気持ちを点火させることが、何よりも重要なのですから。その後は「続ける」ためのモチベーションです。「なぜ自分は勉強するのか?」という理由。「何のために勉強するのか?」という目的です。ココを難しく考えないでください。要は「○○をしたい!」「○○になりたい!」といった希望なのですから。くじけそうになっても心の支えとなり、力をふりしぼって勉強を続けられるように。目の前にぶら下がったニンジンを用意するのです。その内容は、俗っぽければ俗っぽいほど、他愛なければ他愛ないほど、効果があります。そして、ここにこそ家族の関わるポイントがあるのです。その生徒が勉強しようとしまいと、世間の誰が気にかけるでしょう?家族だけですよ!たかがテストの点数に一喜一憂してくれるのは。「国語の点数が、何も勉強しなくても、ちょっと上がった」なんていうのは絶好のチャンスです。ここで「すごい!」と言えるかどうか。馬と一緒に偶然川にさしかかった好機をご家族はどうぞお見逃しなく。家族からの「尊敬の眼差し」を、生徒は待ちわびているということを、ぜひ忘れないでいてくださいませ、お母様。

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# 自画自賛

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「自画自賛」

 

 「自分で自分のしたことをほめる」という意味の四字熟語ですね。「いやぁ、今日の試合、僕のあの絶妙のパスのおかげで、得点することができたよね!」なんて、自分が活躍したことをさも得意気に話すクラスメイトがいたら…あまり相手にしたくはないですよね。自分で自分のしたことを、みんなの前で自慢すること。「自画自賛」を、こんな風にとらえたら、決して歓迎される態度でないことは明らかです。ところがですよ、ここではあえて「自画自賛のススメ」を展開してみたいと思うのです!

 「自分で自分をほめたいと思います。」この言葉は、アトランタオリンピックの女子マラソンで三位入賞を果たし銅メダルを手にした有森裕子選手が、レース後のインタビューで語ったものです。1996年の流行語大賞にも選ばれた言葉なのですが…皆さんは生まれてもいませんよね。実はこの四年前、1992年のバルセロナオリンピックで、有森選手は銀メダルに輝いています。ですから二大会連続で五輪メダルの獲得を達成したことになり、このこと自体、日本女子陸上選手では初となる快挙です。ですが、「自分で自分をほめたい」の言葉は、この偉業を自ら称えたものではありません。「前回が銀メダルなんだから、今回は金メダル!」というのが、有森選手を取り巻く世間の思いでした。銅メダルでは「期待外れ」と言われかねないのです。そんな周囲に対して有森選手は「メダルの色は銅かもしれませんけれども、終わってから、なんでもっと頑張れなかったのかと思うレースはしたくなかったし、今回はそう思っていないし」という言葉の後、「初めて自分で自分をほめたいと思います」と、涙ながらに語ったのでした。得意になってもいないし、自慢してもいませんよね。やるだけのことをやった人にだけ許される「自画自賛」です。

 「そんな〜!人類の限界にまで挑戦するアスリートと同じように頑張ることをススめられても…無理ですよ」って?いえいえ、君たちに「命を削って頑張れ!」なんて言いませんから(笑)。こんな「自画自賛」の例もあることをお知らせしたかっただけです。

 では、君たちにおススメの「自画自賛」とは一体どんなものか?「何て自分はすごいんだろう!」って、ススんで思うことなんです。君たちが「ナルシ〜!」と言って毛嫌いする態度になりますが、この自己陶酔のことをここでは「自画自賛力」とでも言いたいと思います。注意すべきポイントは、決して人前でアピールしないことですよ。みんなの前で自慢すれば、かえってダメージを与えられることでしょう。それこそ「キモイ」ってね。そうではなく、この自己陶酔はあくまで自分の中だけにとどめておくのです。

例えば、朝、いつもより30分早く起きて、英語の単語を暗記してみた。そんな時はすかさずこう思ってください。「早起きはつらいけど、こんな思いをして頑張っている自分はすごいなぁ!」、と。あるいは、夜、ベッドに入る前に、数学の問題を一問だけ解いてみた。そんな時にも「あぁ、私は何て努力しているんだろう。うん、えらい!」、と。

 早起きが嫌いだったり、数学が不得意だったりする方が、この場合は効果的です。「早起きが苦手なのに、めげずに頑張っている。何て健気で立派な人間だろう、私は!」と、あえて悲壮感をただよわせながら自己陶酔するのです。「数学は難しい。だからこそ、この私がチャレンジするしか他に方法はないんだ!」と、巨大な敵に挑む戦士のような気持ちで、問題を解く自分を鼓舞するのです。こうした「演劇的な」仕掛けが結構重要なんですよ。

「頑張っている自分って、なんてかっこいいんだろう!」と、自画自賛してみてください。「こんなにつらいけど、頑張っているんだ」と思うと、気分が高揚してきますから。自己陶酔によってモチベーションはアップするのです、ホント。皆さんもぜひ「自画自賛力」を磨いて、日々の学習をドラマチックに励んでください!

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# レコーディング

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「レコーディング」

 

 レコーディング、と聞くと皆さんは何を思い浮かべますか?ミュージシャンが楽曲や歌を録音する光景でしょうか。でも、黒い色をしたドーナツ型のレコードの存在を、知らないという生徒さん相当の数いるのではないでしょうか。「言葉を聞いたことはあるけれども、実物は持っていないし、見たこともない」というのが普通の反応ではないでしょうかね。今やCDでさえ、手に取ったことのない皆さんも多いと思います。レコードを作製するために録音を行うこと、これが狭い意味でのレコーディングです。大きなマイクに向かってヘッドホンをつけた歌手がスタジオの中で熱唱している、そんなイメージが伴いますよね。

 では、広い意味でのレコーディングとは何でしょうか?音源の記録媒体としてのレコードという商品についてだけではなく、そもそも「レコード」というのは「記録」そのものを意味する言葉でもあるのです。ですからレコーディングといえば「記録しておくこと」という一般的な意味があるのです。

 一昔前に「レコーディングダイエット」というのが流行りました。毎日自分が何を食べたのかを記録に残しておくことで、食生活を客観的に反省できるというものです。日記をつける、というのも立派なレコーディングになるのですね。

 田中もレコーディングを行っていますよ!「これから何をするのか」というスケジュール管理の手帳とは別に、「今日は何をしたのか」を記録しておくノートを用意しているのです。一日の反省をこめて、などというかしこまったものではなく、いつどこで何をしたのかだけをざっくりと記入しておくのです。何を食べたのかも記録していますよ。

 こうして記録しておくだけで、後から振り返ると実に様々なことが見えてきます!長年筆者は肩こりに悩まされているのですが、特に肩こりがひどくなるタイミングがあります。なんとなく周期的に痛くなるものなのかと思っていたのですが、レコーディングによってその原因が分かりました。ひどくなる前日には共通して、体を冷やす行動をとっていたことが明らかになったのです。炭酸系の冷たいものを飲みすぎたり、薄着のまま作業を続けたりと、「これが原因か!」というものが発見できました。中には「このお店のこのメニューを注文して食べた翌日には肩こりをおこす」などというジンクスに近いようなものもあります。でも二度と注文しなくなりますよ(笑)。逆に、「このお店のこのメニューを注文して食べた翌日は、体調がいい!」なんていうパターンもあります。食べ過ぎては元も子もないのですが、週に一回は食べるようになった「私にとっての定番メニュー」も、レコーディングのおかげで見つけることができました。もちろん外食だけではなく、家で食べるメニューについても「翌日の体調」という「結果」に照らし合わせて、「自分にとってはコレがいい!」というものを見つけ出すことができるようになるのです。そうそう、私はチョコレートを食べ過ぎると頭痛をおこす、ということもレコーディングの結果明らかになりました。これはショックでしたよ、大好物ですから。それでも口さびしくてついついチョコレートをパクパク食べていた習慣を改めて、今では、「チョコレート」と「頭痛」を結びつけて理解しているために、手を出す際にためらうという習慣が身につきましたよ!「ためらう」だけで、食べないわけではありませんが(笑)。それでも食べ過ぎはなくなりました。

 「学習の記録をつけなさい!」と皆さんもよく言われていることでしょう。正直なところ、面倒くさいし、やっても意味がないんじゃないか?と思ってしまうのかもしれません。けれども、「何を学習したのか?」という客観的な記録がなくては、「テストの点数」という「結果」に照らし合わせて、「どうやって勉強すればよかったのか」という反省も生まれてこないのです。好きな科目にばかり手を出していて、別の科目がおろそかになり、頭が痛くなるような点数が返ってきたり…。気をつけましょうね。あるいは試しにやってみた勉強法がうまくいった場合もあるでしょう。このやり方をちゃんと「定番メニュー」にして、一度きりにしないことも大切です。自分にとってコレがいい!という学習法は、自分で見つけ出してこそ習慣化されるのですよ。そのためにはまず自分の学習記録をつけること。レコーディングをしてみて下さいね!

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# 独り相撲

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「独り相撲」

 

「ひとりずもう」と読みます。「相手もいないのに自分だけが力を入れ勢いこむこと」という意味を表す慣用表現です。もちろん独りで相撲をとることはできませんし、相手もいないのですから、勝った、負けた、という結果がともなうわけでもありません。意味のないことだと分かっているはずです。それでも人は「独り相撲」をとってしまうのです。相手がいないからこそ、自分を相手に。自分自身が抱く不安に対して。

「不安など感じたことがない」という人はいないでしょう。周囲から見ればいつでもテストで結果を出し、学習計画も着実に進めているような人であっても、心の内には不安を抱えているものです。むしろ、成績優秀だからこそより大きな不安にかられるのかもしれませんよね。「この成績がいつまで維持できるだろうか…」ってね。

人は何か不安に感じることがあると、その解決策を求めることで不安を解消しようとします。「次のテストで高得点が取れるだろうか…」という不安に対して、「完璧な学習計画を立てよう!」という解決策を見つけることで、安心したいと思うのです。ところが直ぐに気づくはずです。「どこまで準備すれば完璧なんだろうか?」と、新たな不安が芽生えてきてしまうことに。答えを求め、答えが出ないことで、さらに不安が深まる。これぞまさに堂々巡りの「独り相撲」というわけです。答えが出ないという事実をうまく受けとめられないということでもあるのでしょう。

ではどうすればよいのか?先ずは、多くの場合「不安には解決策などない」ということを知るべきなのです。不安とは将来に対する感情です。先行きに不安を感じるといっても、未来がどうなるかなんて誰にもわかりません。わからないことには、解決策も、答えも、そもそもないのです。その上で「不安が尽きることもない」ということを理解すべきなのです。ストレスや悩みのない人生などありえません。「解決しないまま抱えていく」しかないということなのです。

「不安が消えてなくなることなど人生においてはない!」と、不安に対して開き直ってしまうべきだとも言えるでしょう。つまり「独り相撲」を続けていくことは必要であると考えてしまうのです。「独り相撲」に意味なんかない!無駄だ!というのではなく、上手に「独り相撲」をとることは大事なんだよね、と。これを「不安との共生」ということもできるでしょう。課題が困難であればあるほど、不安が大きければ大きいほど、「独り相撲」は盛り上がっていいじゃない!と考えられればしめたものです。不安とうまくつきあっていくという経験を積むことが、皆さんにとってもこれから重要になってくるのですよ。

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